見出し画像

影響を受けたい人

影響力のある人とか、インフルエンサーといった言葉が浸透してかなり経っただろうか。SNSの発達とともに、影響力を求めている人も増えた気がする。

影響力って結局のところ、どういうものなんだろうかと疑問に思う。ただ影響力が欲しいだけで、胡散臭そうな人もいるし。一方で、自然と多くの人に影響を与えている人もいる。



僕も影響を受けている人が何人かいる。(こんなモブキャラな自分が影響を受けていると言うと、おこがましい気もするが。)


そのひとつがBUMP OF CHICKEN

これまでも、何個かBUMPについての記事を書いている。「またBUMPのことかよ、」と、ため息まじりの声がそろそろ聞こえてきそうだ。



音楽の技法については全然詳しくなく、「なんかこのメロディーが好き」ぐらいしか分からないが、とにかく歌詞が心に届いてくる。聴けば聴くほど味が出るのは、歌詞が卓越していることも理由にあると思う。

なぜ歌詞が刺さるのかについて分析している記事を見つけたので、それをいくつか紹介したいと思う。



アンビバレントな歌詞

アンビバレントとは、相反する感情や考え方を同時に心に抱いている状態を指す言葉。大きなチャレンジの中、不安だけどワクワクもしているみたいな気持ちのことですね。

BUMPの歌詞では、このアンビバレントな表現がよく使われているらしい。

あの透明な彗星は 透明だから無くならない

ray

たった一度 笑えるなら 何度でも 泣いたっていいや

sailing day

人間の心情は複雑なものなので、相反する感情や考えを抱くことは当然あると思います。

そこへきてこのアンビバレントな表現で出てくると、「そうそう、そうなんですよ、BUMPさん!」と腑に落ちるわけです。

まるで量子力学の「重ね合わせ状態」みたいな歌詞だ。アンビバレントな表現はは、奥行きや深みのあるものになるんですね



慣用表現の「外し」

「外し」とは慣用表現が来ると思わせておいて、違う言葉を持ってくる技法らしい。

「止まない雨はない」というのが慣用表現ですね。つまり聞き馴染みのある表現。米津玄師の『KICK BACK』の歌詞でも、「外し」が使われています。

「止まない雨は無い」より先に その傘をくれよ

KICK BACK

「こうくるだろうな」という受け手の予想を裏切ることで、歌詞がより深く印象に残ります。

BUMPの歌詞でも、この「外し」の技法がよく使われているそうです。

自分のために歌われた唄など無い 問題ないでしょう

才悩人応援歌

普通だと、「自分のために歌ってくれる唄がある」となるはずだけど、「自分のために歌われた唄など無い」と外されることで、心にガツンと刺さります。

しかも、それが「問題ないでしょう」と続くことで、厳しい現実に立ち向かっていく様子が伝わってきます。

お笑いの「緊張と緩和」に似ているのかな。想像を超えてくる意外な言葉によってギャップが生まれ、その差が大きいほど記憶に残りやすいのだと思います



でも結局やっぱり


以上のような表現技法がBUMPの歌詞には散りばめられていて、それが聴き手の心を打つのだと、参考にした記事を読んで気づきました。

他にもいろんなテクニック(ストーリー性の歌詞など)が、使われていると思いますが。

歌詞を書いている藤原基央さんの言葉を操る能力は、傑出している。



そして僕は、藤原基央さんがあるインタビューで話していたことが、とても印象に残っています。NHKの「SONGS」だったかな。

それは『supernova』という曲に関する質問に、答えていた時のこと。

この曲はサビに全て歌詞がなく、ラララ・ヘイヘイヘイ・ウォウウォウウォウと歌うだけの曲。当時、サビに歌詞がないこの曲に対して賛否両論あったみたい。

「なぜ歌詞にサビがないのですか?」というインタビュアーの質問に対して、藤原基央さんはこのように答えました。


ラララを超えるものがなくて、言葉で表そうと思っても歌詞がはじかれてしまった


うろ覚えなので、正確な受け答えは忘れたんですけど、たしかこのようなことを言っていました。

類まれなる言語化能力によって、それまでたくさんのものを歌詞で表現してきた人が、なんて謙虚な姿勢なのだと驚きました。

そして、この人が書く歌詞は信じられるとも思いました。想像を絶するレベルまで、言葉と向き合っているのが伝わってきたからです。




ああ、わかった。

影響を受けるのって、その人のことを信じているからだ

テクニックとか云々ではなくて、その人の人間性に心を動かされ、その人の言葉を信じているから、影響を受けているんだと思う。


信頼関係を築くまでには時間がかかるから、影響力をすぐに求めるのはそりゃあおかど違いだよな。

そうか。胡散臭い人と感じるのは、その過程をすっ飛ばしてやろという魂胆が、垣間見えるからかな。


代表曲『天体観測』の「オーイェーアハーン」のように、歌詞がなくて歌声だけが入っている曲は、他にもたくさんあります。

最近の曲でいうと、『窓の中から』のラスサビに向かう間奏部分にも、歌詞がなく「Ah~、Ah~、Ah~」と歌うだけのパートがありますが、そこが好きです。

言葉にできない思いを歌声で表現していて、鳥肌が立ちます。


文章にはこれまで幾度となく助けられましたが、音楽についてもそうです。ちょうど去年の今頃、僕は将来の進路に対する不安で押しつぶされそうでした。そんな時によく聴いていたのが、BUMPの『ロストマン』という曲です。この曲の歌詞を書くのに、9ヶ月かかったそうです。歌詞を書いている藤原さんいわく、その時期のことはトラウマだそうです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?