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臆病な自尊心と尊大な羞恥心
僕は国語の授業が、あまり好きではなかった。現代文と古文、どちらも。
特に、小説を取り扱う回の授業が、苦手だった。
教科書に載っている小説は、どれも名作だらけ。
だけど、「この話の主人公がどうなろうと知ったことないわ」って思ってしまって、入り込めなかった。自分の想像力が、全然なかっただけなんだけど。
その結果、僕は授業中によく居眠りしていた。
国語の授業ではあるあるだと思うけど、先生が生徒に順番に当てていって、小説を朗読させていた。
だけど僕はスースー寝ていることが多かったので、先生に当てられても、「すみません、どこから読めばいいんでしょうか?」とよく聞き返していた。
また、仮に授業中に起きていたとしても、違うことを考えていることが多かった。
「さっきの数学の授業で出てきたあの式は、どういう意味なんだろう」
「放課後の部活、だりいな」
「先生の授業は、なんでこんなに眠いんだろ」
そんなことばっかりが、頭の中をしめていた。あと、ノートに落書きもよくしていた。全然、授業に集中できてなかった当時の自分。
そんな感じで、真面目に授業に取り組めてなかった自分だけど、ある小説だけは入り込んでいた。
その小説とは、中島敦の『山月記』
皆さんの中にも、読んだことがある方は多いのではないでしょうか。多くの教科書に掲載されている小説らしいので。
そして今回の記事のタイトルにある言葉は、この『山月記』の主人公である李徴が発した言葉。
簡単にあらすじを書くと、エリート官僚だった主人公の李徴が、詩人として名を残したいと思い、官僚を辞めて詩作に打ち込むも、全然売れずに生活は困窮し、ついには発狂して虎になってしまういう話。
李徴は協調性がなくて周りと衝突しがちだったんだけど、官僚時代に数少ない親友のひとりに、温厚な性格である袁傪という人物がいて、そのふたりが久しぶりに再開します。
李徴は虎になってしまっているので、その姿を旧友に見せるのが恥ずかしく、草むらの中に身を隠しながら、袁傪と会話を交わしていきます。
そしてその会話の中で、李徴が虎になった理由が、今回のタイトルにもしている「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」だったことが判明します。
この「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」のせいで、他人と切磋琢磨して自分の詩を磨き上げることができず、そのことに後悔してそのまま虎として人間の心を忘れていってしまうという悲しいお話です。
これはとても簡略化しているので、詳細は間違っているかもしれませんが、おおまかな流れは、こんな感じです。
そしてこの『山月記』だけは、夢中で読めました。するすると頭の中に話が入ってきて、「早く続きを読みたい」と思った作品。
正直、なぜこの『山月記』にだけ、心が惹かれたのかは分からない。だけど、この作品が傑作なのだろうということは、読んでいて素人ながらにも伝わる。
リズム感が良くて、美しい言葉づかい。無駄な文が全くないと思えるほどの、洗練された文章。綺麗に流れるような、ストーリーの構成。
文芸評論家でもないので、この作品を批評するのはおこがましいけど、この『山月記』は、想像力が乏しい自分にもそう思わせる小説だった。
何個か印象に残っている言葉を引用する。
理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分からずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。
人間であった時、己は努めて人との交を避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。
己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の中の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。
おれよりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。
この『山月記』を読んだあと、僕はこの小説を書いた中島敦という作家に興味を持った。学校の帰り道に本屋に寄って、中島敦のそのほかの作品を買ったのを、鮮明に覚えている。
そして昨日の夜、この『山月記』を再び読んでいた。5年ぶりだろうか。高校時代に学校の帰り道の本屋で買った、新潮出版の『李陵・山月記』を。もうカバーもとれて、ボロボロになりかけている。
久しぶりに読んでみたけど、やっぱり文章が美しい。何回読んでも、そう思う。すごい高等な技術が、この文章に隠されていると思う。
中島敦、恐るべし。
これからも寝る前のお供として、何度も『山月記』にお世話になると思います。
サムネの画像を選ぶときにドンピシャなものがあって、笑ってしまいました。この画像を提供された方も、さぞかし『山月記』が好きだったんだろうな。文豪スレイドックスという漫画で、中島敦が主人公になっているそうなので、また読んでみたいと思います。アニメもやってるみたい。
最後にもう一つだけ、作中で出てくる言葉で好きなものを紹介して、終わります。
人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い。
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