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おやさまたより

私の天理教修養科ものがたり パート2

 私は生まれつき目に見えない存在に根拠なく親しみを感じ、深い崇敬の念も持っていたことは確かなようです。
 正月には初詣に行き、涅槃会にお寺から配られる花草餅を喜んだり、葬式で坊さんの読経に腹を抱えて笑ったこともありました。直前に絵本で読んだ「なむからかんのんトラヤーヤー」って言うお経が聞こえてきたのを妹と顔を見合わせたら思わず吹き出してしまったのでしたが。
 何よりクリスマスは一番の楽しみでした。未だにわが家のクリスマスツリーには子供の頃の飾り物の一部を飾り付けているほどです。
 子供の頃除夜の鐘をききながら父の自転車の荷台に乗り、父の背中にしがみついていた時の耳も千切れるような寒さは忘れようとしても忘れられない記憶です。夜中に神社に初もうでに行った時だったと思います。

 父は無学無教養な人でしたが、人一倍の努力家で真面目一方の働きものでした。酒には弱く日ごろのうっ憤を私にも向けるのでだんだんと嫌うようにもなりましたが、子供時代の記憶に最初に登場するのは父ばかりです。
 
 父は製紙工場に勤めていたのですが、工場にも連れていかれていたようで工場の風呂に一緒に入っているのを覚えています。
 また、工場に集まる古本から漫画を持ってきてくれるのでそれを読むのが楽しみでした。あれは年の暮に出る子供雑誌の新年号を買ってくれて、その付録に胸が高鳴るほどの幸福を覚えたのもよく記憶してますし、夏に杏を食べながら座敷で家族と涼んでいるのもなんとなく思い出されます。
 でも、強烈な絶望体験も父から多くもたらされました。
父はパチンコが唯一の趣味だったので店に連れていかれて放置されたり、保育園に迎えに来る約束をすっぽかされ大泣きしながら一人で歩いて帰った道の若葉の眩しさが目の裏に今でもよみがえります。 

 母は優しく温かい人でしたが、どういうわけか最初の記憶は母に嘘をついて罪悪感を覚えるというものです。
 また今は絵描きを自称するほど絵が好きなのに子供の時に描いた母の似顔絵を酷評されて、自分には絵が描けないんだという刻印を押されたりもしました。
 そろばん塾に通い始めて嫌気がさし月謝を田んぼに放り投げて帰ったのがばれてこっぴどく怒られビンタを張られたのも母からでした。未だに私に直接ビンタしたのは母だけです。

 私は両親の長男で妹と二人兄妹だったのですが、実は私の上に死産で生まれた兄がいたのは両親から聞かされていました。私は会ったこともない兄に対する憧れに近いものをよく感じましたし、思春期を経て人生に闇があるのを知るようになる年頃にテレビかなんかで「水子の霊」というのを聞いて両親にお寺で兄の供養をしてくれと頼み込んだこともありました。
 その頃は祖父が曹洞宗の寺の和尚と仲が良かった縁で檀家になった寺へ家族して兄の蘇東坡をもらいに行ったことを覚えております。雨に降る暗い日だったと思います。

 私は今でいう引きこもりの走りのような人間ですけど、当時は登校拒否とか五月病とか三無主義とか言われたりしていました。高校時代は押し入れに隠れて過ごしたりしてましたが、それでもギリギリ卒業し一浪して希望の大学に受かったものの入学直後から五月病に感染しました。

 大学に行ってるふりして図書館や映画館のはしごなどして過ごしましたが、深刻な悩みは日記に克明に記録しているので今も大事にとってあります。
 中でも、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んだことは衝撃的な体験だったようでその日記の中心を占めています。やたらに人名が長く面倒くさい心理小説なので最初は戸惑いましたが、小説の世界に遊ぶのが好きだったので根気よく読んだものです。
 
 そこで私は神の存在を確信したのでした。

 ロシアの文豪だけにロシア正教の信仰や無神論などが家族の人現関係の中で綿々とつづられている小説ですが、私は三男の信心キチガイと呼ばれているアリョーシャに自分を重ねました。
 
 私の住む町にもキリスト教の教会はありましたが、プロテスタントの改革派の教会でした。それでも自ら門を叩きかなりの期間日曜学校や信者の集いなどに参加して、牧師さんや信者さんと親しく話をしたり聖書を学んだりしました。

 もう洗礼を受ける寸前にまで行ったのですが、その間に大学を中退し働き始めていたガソリンスタンドの仕事が腰が浮いた状態だったので身に入らず何度も事故を起こし遂に親も深刻に受け止めて、母方の信仰である天理教の修養科に3か月行くことになったのでした。
 
 天理教は、お道と言ったり「里の仙人」と言って世俗の中で互い立て合い助け合う陽気暮らしの世界の実現を目指す宗教です。

 奇しくもカラマーゾフの兄弟の三男アリョーシャは、修道院を去り世俗に出てその信仰を確かめるという最後で終わっている小説でした。

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