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「野球ばっかりの始まり」 昔話07

 モーちゃんの頭の中にはいつも野球の物語が進行している。グローブとボールと壁があれば、いつまでも遊んでいられた。時にはグローブがバット、壁が屋根になることもあったが。
 モーちゃんは一人しかいないが、役割が違っていたり、ストーリーが異なったりするから、何度でもいつまでも同じことができるのだ。これはモーちゃんに限らずみんなやってるんじゃないかと勝手に思っている。
 とにかくこのモーちゃんだけのストーリーは、いつも自分が主役であり、ヒーローになるのだ。
 
 小学校に入ったとき、一つ年上のキタノ君と毎日公園でゴムボール野球をした。ブランコの横から、約15メートル先のフェンスへ打つ。フェンスを越えバックネットのあるグラウンドに打ち込んだらホームラン。
 この頃、世の中は巨人のⅤ9真っ只中。低学年のモーちゃんにとっては長嶋の魅力より、ホームランをたくさん打つ王選手の方が断然わかりやすかった。だからキタノ君との野球はお互い常にホームランである。足はあまり高く挙げなかったが気持ちは王選手。「第〇号」と叫びながらホームランばかりの野球をしてきた。
 まだまだフォームが確立していない時期だったから、バットを持つ手を逆にしてもそんなに違いはなかった。だから時々右打ちだけど右手を左手の下にしてバットを握って打ったりもした。打った直後がなんか変だったけど「別にどっちでもいいじゃん」とキタノ君と話をしていた。ある日、お風呂で父さんに手を逆にしてはいけない理由を聞いてみた。すると「きちんと打てないから駄目だ」と言われ、逆にするのをやておくことにした。
 この野球、ほぼ二人でやっていたが、ときどき友達やキタノ君の弟が加わることがあった。友達は同じことの繰り返しなのでなかなか定着しない。弟は左打ちながらあまり野球は得意でなく、ほぼホームラン野球でもなかなかホームランが打てなかった。彼は優しい性格だったのでこっちもとても優しく接していた。
 実はそんな彼がバックネットからのホームランボールの直撃にあっている。ぶつけた中学生のお兄さんが飛んできて心配し、何度も謝っていた。グラウンドの方では中学生やおじさんが野球をしている。時々打球が公園を飛び越えて近くの家の屋根まで飛んだり、ガラスを割ったりしていた。そのたびお兄さんが、自転車で走り去り、ガラスを乗せて戻ってきていた。いくらサッシでないとはいえ、自分で替えるなんてすごいけどね。
 父さんとは小学校に入る前に赤いビニールボールで野球をした。モーちゃんに父さんがいろいろな変化球を投げる。カーブ、シュート、スライダー、シンカ―など、いろいろ言いながら投げるが、モーちゃんには何のことやらと感じ。その中で直球が速いボールで「直球って速いんだね」という会話をした。それが速いボールの最初の記憶。
 そのうちお向かいのサタケ兄弟がグローブを買ったので、モーちゃんも父さんにグローブを買ってもらった。ミスタージャイアンツ(おにぎり型の顔に太い眉毛のキャラクター)の顔が刻印されているやつだ。
 早速キャッチボールをするが、捕り方はわからんし、球は固いし。全然うまくいかなかった。でも、それほど苦労せずキャッチボールができるようになった。そのころには父さんがもう一つのグローブとバットも買ってきた。
中学校の野球部顧問だった父さんはモーちゃんを公園に連れて行って30メートルほど離れたところからノックを打った。打った直後は5メートルくらいライナーが飛びそこからバウンドしてゴロになる。ゴロが弾んでくるとどうしていいのかわからなくなって全然捕れない。きっと何となく手を出して捕れないということを繰り返していたんだと思う。父さんもいろいろ教えてくれるけど何を言っているのかよくわかっていない。「簡単に捕れる」ということを主張しているようだけど、何をするかがわからないから父さんのイライラばかり伝わり苦しくなる。地面につく前なら捕れそうなんだけどなと思っているが、打った直後5メートルで捕れるわけもなく、時間ばかりが過ぎていく。あまりに帰りが遅く、母さんが「ご飯だ」と呼びに来たこともあった。
 ある日曜日の夕方、父さんと公園に野球をしに行くことになった。そのとき斜め向かいの一つ年上のソーちゃんが家の前にいたので、誘った。この時は3人いたので1塁戻りの野球をすることになった。ホームまで帰れたら続けて打てる。アウトで交代。まず、ソーちゃん、次にモーちゃん。二人とも簡単にアウト。そして父さん。
 これがなかなかアウトにならん。惜しいところもあるけど、何度もホームに帰られてどうしていいのかわからなくなっている。
 仕方がないから伝家の宝刀「泣き」を入れてみた。かなり本気で泣いたが全くお構いなし。だからソーちゃんの涙を期待したが、そこは年上だし向かいのおじさん相手だから赤い顔で泣かずに踏ん張っている。この守りばかりの時間は暗くなるまで続けられた。実際は15分くらいだろうけど、モーちゃんには1時間くらいに感じた。ここで「野球とはアウトを3つ取るまで泣いてもわめいても絶対に帰れない」ということを痛いほど思い知らされた。10年後、本当に痛いほど感じさせられることになる。この話は機会があれば。
 やがて絶対ホームラン野球から卒業して、グローブをもってバックネットのあるグラウンドの方で友達やいろいろな人たちと野球をするようになっていった。そうなると本物の野球に近づき、本当のホームランを目指すようになる。
 こなるとなかなかヒーローにはなれないものだ。そのぶんヒーローになれたときの喜びは大きかった。

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