信乃抄「かたき討ち物語」(浅野浩二の小説)

信乃。弱冠16才。父のかたき伝兵衛をうつため、侍従の佐助とともに、城をでる。噂に聞く、かたき伝兵衛は石見の国にいると聞き、その方角めざして出る。
「よいですね。佐助。必ずや父のかたき伝兵衛をうつのですよ」
と佐助に言う。信乃にはもちろん武芸の心得などない。というより、力もなく、運動神経もニブイ。佐助は気が弱く、雑役と信乃の遊び相手くらいしかできない、幇間ものである。
日は高く、松の木があったかったので、足腰の弱い信乃は、さっそく、
「佐助。あの松の木陰で一休みしましょう」
と言って松の木の根方に腰を降ろした。信乃が水筒から水をのみながら、
「佐助。きっと父のカタキうちましょうぞ」
と、城でつくったキビダンゴのゴハンツブを頬っぺたにつけながら、
「はやくみつかるといいわね」
と微笑する。
「あだ討ち免許状も、もっているもんね」
と付け加える。
信乃はピクニック気分。これがあまい。全然あまい。しかし、信乃は、本当にあだ討ちができると思っている。
するとそこに深編笠の侍がやってきた。信乃のとなりに
「よろしいか?」
ときいて、こしかける。信乃は、
「はい」
といって微笑を返す。侍が、
「みればまだ若いのにどこへの旅か」
と問うので、信乃は己れの父の敵討ちの旅でございます、と答えた。
では、伝兵衛とは、いったいいかなる人物だったのかときくと、信乃は自分が描いた人相書きをわたした。そして、伝兵衛が父を殺したいきさつを話した。聞きおわって侍は、
「それは。気の毒な。拙者も伝兵衛のうわさは聞いておる。ならず者だが剣のうではなかなかの者ときいておる。姫君には伝兵衛は斬れまい。あきらめて城へ帰るがよろしかろう」
と言う。が、
「いえ。にっくき父の仇。この世のはてまでも、さがし出し、必ずや仇をうってみせましょうぞ」
と言う。その後、侍は数時間かけて、姫君を説得したが無駄だった。
「ならばしかたがない。言ってつかわそう。拙者がその伝兵衛でござる。姫君が、あだうちにくる、というのを聞いて、待っていたのだ」
と、聞くと、姫は柳眉をあげて、
「おのれ。伝兵衛。父のかたき。いざ、尋常に勝負」
と言って、短刀を構える。が、はっきり言って運動神経のニブイ信乃と伝兵衛では勝負にならない。信乃が、エイッ、といって伝兵衛にむかっていくのを伝兵衛はするりとかわす。
「ふふ。その腰つきではとても無理でござる。姫は城でおはじきでもやっているのがおにあいでござる」
といって伝兵衛は自分の刀は松の木にかけておき、余裕綽々で姫をあしらう。伝兵衛は姫から何回か短刀をとりあげてしまう。そして、
「ほれ。姫。がんばれ」
と、言って、うばった短刀をかえしてやると、一時、気力がうせた姫も、再び伝兵衛に向かってゆく。だが何度やってもムダだとわかると、何回目かの後に刀をとりあげられると、ついに信乃は、
「くやしゅうございます」
と言って地にふしてしまった。
「拙者はもう帰るぞ」
と伝兵衛が言っても、姫はあきらめきれなそうな様子である。伝兵衛も、もうちょっとこのあだうちゴッコがたのしみたく思って、
「拙者はもう家に帰る。信乃殿はどうする。ついてきたくばついてくるもよかろう。もしスキあらば拙者に切りかかるがよかろう」
とカラカラと笑った。
「そういたします。必ずやカタキはうちます」
そこへ、ちょうどよく、エッサ、ホイサと二人のカゴかきが通りかかった。伝兵衛は、カゴかきを止めた。
「姫。今日はもうつかれておろう。これにのっていくがよい」と言う。
「ありがとうございます」
といって姫が乗ろうとすると、カゴかきの二人は、いきなり、かくしもっていた縄で姫の手をむんずとつかんで、後ろ手に縛りあげてしまった。
「何をするのです」
というと、伝兵衛はカンラカラと笑って、
「この二人は拙者の子分じゃ。いくら拙者とて寝ている間に首をかかれたのではかなわぬ。で、縛っておこうと思うのは当然ではないとは思わぬかな」
ボーゼンとみていた佐助も、全然、体力がないので、とりおさえられ、縛られてひきつれていかれた。
 伝兵衛の家につれていかれた姫だったが、カゴかきだった二人のクモ助は、伝兵衛の家に着くと、籠からおろし、後ろ手に縛られた姫を座らせた。伝兵衛が今日の姫の奮闘の様子を子分に話してきかせると二人は笑いながら、
「それはみごとな戦いっぷりでしたな。ぜひ我々も拝見したかったものだな」
と言い合う。
 三人は酒をのみながら姫をさかなにする。
「しかし本当に美しい、というか、かわいい。どれ。体もさぞすばらしいであろう。拝見させてもらおうか」
といって、一人が姫の体をさわろうとすると、カンネンしていた姫だったが、さすがに、 「あっ」と言って、顔をそむける。伝兵衛は、
「まあまて。いきなり無体なことをするもんじゃない。ものごとはまず順をおってするものだ。拙者もどうしたら、姫にあだうちをあきらめさせられるか考えておる。素直にあきらめてくれればいいが、いくらおなごとはいえ、つけねらわれているのはいやでな」
 伝兵衛はニヤリと笑って、よし、お前の侍従の佐助を拷問して殺してしまおう。といって子分は佐助を竹刀でパシパシなぐりだした。信乃は、
「あっ」
と言って伝兵衛に嘆願した。
「伝兵衛どの。おやめさせ下さいませ。佐助は私につかえる大切な侍従です」
 すると伝兵衛は、
「ふふ。ただでやめさすわけにはいかぬよ。世の中そうあまくない。かわりに姫が裸になるというのならやめさせてやろう」と言う。
 二人が佐助の体をパシパシたたくのをやめないので、姫はとうとう、
「伝兵衛どの。やめさせて下さい。かわりに私が裸になります」
と言った。
子分二人は、まってましたとばかり、信乃から服をはぎとった。信乃は一糸まとわぬ丸裸にされた後、武士の情けだといわれて、褌をつれさせられ、再び後ろ手で縛りあげられた。ふくよかな胸があらわになる。
「ふふ。信乃どの。美しい体じゃの。思わず触れたくなるわい」
「ところで信乃どの。信乃どののあだうちには少し、手加減がひつようじゃな。信乃どのには信乃どのにふさわしい勝負がいい。これから子分にくすぐり責めをさせるが、10分ガマンできれば、姫の勝ちをみとめ、拙者は、あだうちをはたされようぞ」
といって子分に目くばせする。二人の子分は待ってましたとばかり、信乃をくすぐりはじめる。
「あっ」
といって信乃は身をふるわせて不自由な体を何とかさけようとしつつ、口を一文字に閉じて耐えようとする。しかし、子分二人は首筋や脇腹などを執拗にくすぐりつづけた。信乃は、とうとう耐えきれなくなって、
「おねがい。やめて」
といってしまった。伝兵衛は、ガッカリして、
「8分でござった。あと2分ガマンできれば、みごとあだうちできたものを。こちらまでなさけなくなってくる。・・・して、信乃どの。これからどうする。まだ、あだうちをつづけられるか」
と伝兵衛が聞くと、信乃は、
「あきらめました」
といってガックリ首をおとした。伝兵衛はふき出しそうになるのをガマンしながら、
「そうそう。人間は、あきらめが大事」
心の中でもう一度自分にも信乃にも念をおすため、
「もう一度チャンスを与えてやろう。ラストチャンスですぞ。拙者も酔って、ひとねむりしたくなったことだし。よし」
といって子分に目くばせし、一人が信乃の顎を掴んで口をあけさせると、もう一人は信乃に徳利の水を無理矢理、全部のませた。そして信乃を柱につなぎ止めた。
「信乃どの。そなたも武家女のはしくれなら、人前でそそうをすることはあるまいな。あだうちにはまず胆力が必要でござるぞ。信乃どのには胆力がない。一夜、我慢せられい。みごとガマンしたら服と刀を返し、尋常に勝負してつかわそう。尿意にまけてあだをうてなかったとあらば、末代までの恥ですぞ」
信乃は早くも腰をもじつかせ、おそってくる尿意と戦う。顔をゆがめ耐える姿をみて、伝兵衛は、
「おお。さすが武家女の誇りの高さ。しかし何と申すか、信乃どののかたきうちにまさにふさわしい戦いでござるの」
と、からかう。
三人が、どれ、ひとねむり、といって、茣蓙に横になり、うたたねした。

   ☆   ☆   ☆

翌日、三人が目をさますと、信乃の前の床に水溜りが出来ていた。信乃は涙ぐんでいる。
「信乃どのにとっては父のカタキをうつことより小用をたすことの方が大事なのでございますな」
と言って、コトバでなぶりものにする。くやし涙が信乃の頬を伝わる。
「ふふふ。信乃どの。信乃どのをみていると、かわいくていたぶりたくなってくるわ。信乃どのもせっかく敵討ちにきたのだから、あだうち人の気力をみせられい。ひとつ、信乃どのに似合った、責めをおもいついたわ。さらし責めじゃ。信乃どのは、今日、その姿で、街道を、佐助どのと、二人なかよくならんで20人通る者の目にさらされるのじゃ。そうしておけば、わしも安心じゃ。いやなら、こやつの首を斬る」
といって、佐助の首に刀のみねを当てる。
「おやめください。信乃はさらし者の責めをうけまする」
と伝兵衛に言った。こうして姫の恥ずかしい姿を人目にさらしてしまえば、信乃も自分がみじめになって、仇討ちなどということなど、できない無力者なのだということを身にしみてわかるだろうとも思ったからである。
信乃も佐助も覆う物一枚もない丸裸で、後ろ手に縛られて、子分に縄じりをとられ、街道に出された。そして街道沿いの二つの松の木に、それぞれ縛りつけられた。二人はみじめ極まりない一糸纏わぬ立ち縛りである。伝兵衛は、なぶりの言葉を言う。
「ふふふ。さっそうと旅に出たあだうち武家女が、かたきにしてやられ、なぶられ、裸の晒し者になる気持ちはどうじゃな。くやしいかな」
答えられい。答えねば、といってまた、佐助の首に刀のみねをあて、答えねば、こいつの首を斬る、と言っておどす。信乃は、
「くやしゅうございます」
といって、がっくり首をおとす。季節は初夏で鴬の声が谷間にさえずる。
「さもあろう。これで姫も思い知ったであろう。あだうちは、殺すか、殺されるか、の命がけの戦いなのじゃ。お手玉遊びとはちがう。姫は世間知らずだから、こうして恥ずかしい目にあっているのでござる。わしにあたるのは八つ当りというものでござる」
といって姫のあだうち心を折ろうとする。
「信乃どの。通行人が通っても目をつぶってはならぬぞ。20人。一回でもつぶったら、佐助の首がとぶ」
数時間して通行人が丸裸で松の木に縛りつけられている信乃と佐助の前を通ったが、何ごとか、と目をみはり、そのたび、信乃と佐助は、
「無念でございます」
といって、うつむいた。この間、伝兵衛と二人の子分は道の反対側に、少しはなれて、松の木を背にすわり、酒をかっくらう。子分二人が、通行人が通った時、信乃が目をつぶらないで耐えたかどうかを見分させるため、信乃と向かいにすわり、伝兵衛は、ひとねむりする。
 日がかたむき、ようやく、20人通行人が通り、信乃が目をつぶらなかったことを子分が伝兵衛に告げると、伝兵衛はほくそ笑んで、腰を上げ、信乃の前に立ち、
「信乃どの。よく耐えられた。これで信乃どのは胆力の勝負で勝たれたのじゃ。さすが武家女の心意気じゃ」
と小バカにしてカカカと笑う。信乃と佐助は松の木からはずされ、後ろ手にしばられたまま、子分二人に縄じりをとられ、伝兵衛の家へと歩まされた。信乃の尻が伝兵衛の目にとまり、伝兵衛は、
「それにしてもみごとにふくよかな尻じゃ。腰のくびれがもうちょいほしいところじゃがな」
とか、
「今日はたのしい一日じゃった」
などという。

 家についた五人は、また、信乃を柱にしばりつけると、今度は信乃の両足首を、膝をまげさせて、しばり、後ろの柱にしばりつけた。
クモ助二人は、また街道で悪さをするため、信乃を縛ると伝兵衛の家を出て行った。
家には、伝兵衛と信乃と佐助の三人になった。
伝兵衛は信乃の足首を、それぞれ縛り、柱に縛りつける。信乃の脚はM字になり、恥ずかしさから、信乃は顔をそむける。
「ふふ。信乃どの。すごいかっこうでござるな」
といってコトバでなぶる。伝兵衛はニタリと笑って、酒徳利を信乃の恥ずかしい所の前におく。伝兵衛は信乃の前にあぐらをかき、柱につなぎとめられ、脚はM字にされ、酒徳利だけで恥ずかしい部分がみえない状態になっている信乃を芸術品をみるようにほれぼれみながら、
「信乃どの。すばらしいかっこうでござるな」という。
信乃は恥ずかしさにうつむきながら、
「ああー。無体な」という。
「さて、徳利をとったらどうなるかな」
といって、笑う。信乃は哀訴するように、
「伝兵衛。こんな事をしてあなたは面白いのですか」
と、訴えると伝兵衛は、
「ああ。おもしろいね。男だからな」
と、笑っていう。
「どうしてこのような悪シュミなことをするんですか」
と、涙声で訴えると、伝兵衛はほくそえんで、
「ふふ。信乃どのを辱めの極致におとしておくことで、信乃どのの復讐心をなえさせるためでござる。万一、又、信乃どのが短刀で拙者に勝負をいどんだ時、今の姿のことをいってやれば、信乃どのの気をくじくことができる。兵法の極意は戦わずに勝つことでござる。ふふ。シュミと実益をかねる」
伝兵衛はつづけて言う。
「それにしてもすばらしいかっこうでござるな。信乃どののかぐわしいニオイがほんのりと伝わってくるようじゃ」
といってことばでなぶる。
「カタキの前にこのようなかっこうをさらす気分はいかがなものでござるかな」
信乃は自分がなさけなくなって、あだうち旅になんかでなければよかったとつくづく思って、自分のおろかさをくやんだ。伝兵衛が、
「さて、酒をのみたくなったし、徳利をとらせてもらおう」
といって、手をのばすと信乃は思わず、
「やめて」
といった。伝兵衛が思わせ振りに、
「ふふ。徳利をとられたくないというのなら、そうせんでもいい、が、それには、ちゃんとどうしてほしいか自分のコトバでたのみなされ。とるかとらんかは信乃どのの返事で考える」
信乃は涙声で、
「徳利をとらないでください」
といった。伝兵衛は笑って、
「それならとらんであげてもいい。拙者も武士のなさけはもっている。信乃どのにとってまだ誰にも見られたことのない恥ずかしい所だからな。しかし、その格好の方が、より滑稽でござるぞ」
といってわらいものにする。
「それにしてもすばらしいプロポーションでござるな。腰のくびれがもうちょいほしいところだが」
と、言って、芸術品を鑑賞するように信乃を鑑賞する。信乃はまさか、こんなことになろうとは、恥ずかしいやら、くやしいやら、みじめやらで、自分がなさけなくなってきた。が、キッと伝兵衛に、
「伝兵衛。あなたは仏心がチリほどもないのですか。死んでも成仏できませんよ」
というと、伝兵衛はせせら笑って、
「親鸞どのは、善人なおもて往生す。いわんや悪人もや、といっておる」
信乃は、すぐに自信に満ちた口調で言い返した。
「それは違います。それは、悪人の自覚のある人間が救われるという意味です」
と、みじめなかっこうでさとすと、伝兵衛はせせら笑って、
「だから拙者は悪人だといっておる」
といって笑う。信乃は、これにはいい返せなくて、あきらめて、
「信乃は地獄へおちた女でございます。気のすむまでなぶりなさいまし」
と、涙まじりの鼻声でいう。伝兵衛は、
「ふふ。なぶりはしない。無上の美を心ゆくまで鑑賞させてもらうだけじゃ。それによって信乃どののあだうち心をなえさせるためじゃ」
という。信乃は伝兵衛がいうように侍邸でお手玉をやっていた方がよかったと思って後悔した。
「それにしてもすばらしいプロポーションじゃな。腰のくびれがもうちょいほしいところだが」
と、何度も同じことをいう。
「伝兵衛。あなたは・・・。もっと日本の不況がどうしたらよくなるか、とか、まじめなことを考えられないのですか」
「ふふ。知らんな。では、そういう姫は、そんなむつかしいことを知っているのかな。どうせ姫だって、お手玉とおはじきくらいしか知らんだろう」
「それは・・・」
といって信乃は言い返すコトバをみつけられなかった。
「信乃は地獄へおちた女でございます。気のすむまでなぶりなさいまし」
信乃は、投げやりな口調で言った。

「ふふ。信乃どの。信乃どのを見ているうちに、また信乃どのにふさわしい責めを思いつきましたぞ。信乃どのには女人の恥を美しいように引き出す哀愁のある責めは似合わない。そういうのは、もうちょっと大人の女人でないとな」
と言って伝兵衛はぐいっと酒を一飲みし、正座して、体を震わしている信乃の顔をほくそえんで見ている。
「どんな責めだと思いなさる。信乃どの」
と伝兵衛は、信乃にからかいの質問をかける。信乃はうつむいて、
「わかりません。もう信乃は生きた屍です。何なりと好きなように責めてください」
と、項垂れて力なく言う。
「ふふ。まあ、そうなげやりになってはいかん。何度挫折しても、それでも苦難に立ち向かっていくのが人生で大切なことではないかの」
と伝兵衛は、もっともらしそうなことを吹きかける。が、本心は信乃を変質的になぶりたいだけである。
「ふふ。信乃どの。どんな責めか教えて進ぜよう」
信乃「・・・」
伝兵衛「へび責めじゃ」
信乃は瞬時に、その言葉からその責めをイメージして、見栄も外聞も忘れ、
「いやっ。いやっ。いやー」
と、キョーフにおののいて絶叫した。
「ふふ。信乃どのも武家女なら、いかなる試練にも耐える武士の心意気が必要でござるぞ。やる前から白旗を揚げていてどうなさる。信乃どのには、武家女の気骨がないから拙者が少し、鍛えて進ぜようというのでござる」
信乃は、ヘビ責めの恐怖に怯えて震えている。
「ふふ。信乃どの。ヘビ責めに見事耐えたら拙者は腹を切って信乃殿に敵討ちされよう。拙者も浪人とはいえ、武士でござる。武士に二言はござらぬ」
伝兵衛はつづけて言った。
「ふふふ。信乃どの。ヘビ責めに耐えられなくなったら、やめてしんぜよう。ただし、佐助殿が身代わりになってもらおう。こう言ってもらおう。『私を助けて。代わりに佐助を拷問にかけて』とな」
「伝兵衛。あ、あなたはなんという・・・」
信乃は、わなわなと口を震わせた。
「伝兵衛。あなたは人の心をもてあそぶ鬼です」
伝兵衛は、信乃の訴えなど無視して麻袋を持ってきて、信乃の前にドサリと置いた。何やら麻袋が不気味に動いている。
「ふふふ。幸いマムシ酒を作るために捕まえたマムシを袋の中に入れてある」
伝兵衛は信乃の恥ずかしい所の前にある酒徳利をとった。そして、替わりに蛇の入った麻袋を信乃の女の部分の所にドサッと置いた。麻袋の中で蛇がズルズルと這い廻る動きを袋ごしに肌で感じた信乃は見えも外聞も忘れ、
「ひー。やめてー。お願い。とってー。伝兵衛様―」
と、激しく泣きながら全身をブルブル震わせた。伝兵衛は、「やめてー」、と言う信乃の叫びを無視して、口元を歪めて笑いを作りながら、
「では、ちと、袋をほどいてみるとするか」
と言って、きつく縛ってあった袋の紐を緩めると、袋の中を蠢いていた蛇がゆっくり這い出てきて、信乃のみずみずしい弾力のあるふっくらとした太腿に信乃の体のぬくもりを求めるかのようにその体をのせ始めた。
「ひー。助けてー」
信乃は蛇が肌に触れた途端、小屋をゆるがすほどの大声で絶叫した。蛇は信乃の肌のぬくもりを心地よいと感じたのか、より心地よい場所は無いかと求めるかのごとく、信乃の肌を絡みつきながらよじ登りだした。
「ひー。助けてー。やめてー」
「ふふ。助ける条件の言葉が足りませぬぞ。『私を助けて。代わりに佐助を拷問にかけて』でござる」
蛇は信乃の肌のぬくもりを心地よいと感じたのか、より心地よい場所は無いかと求めるかのごとく、信乃の肌の上を不気味にずるずると這い回りだした。
「ひいー」
信乃は絶叫した。
「私を助けて。代わりに佐助を拷問にかけて」
信乃はとうとう、伝兵衛にいわれた言葉を言って、わっと泣き出した。
伝兵衛は、信乃の体に絡みついているマムシをとった。そして、袋に入れて、袋を信乃の前から、どかした。
信乃は泣きじゃくって佐助を見た。
「姫様。お心を痛めないで下さいませ。私は姫様のために死ねるのであれば幸せでございます」
佐助が言った。
「ふふ。なんと忠義心のあつい家来をもたれて、信乃どのも幸せ者でござるな」
伝兵衛が言った。
「しかし自分が助かりたいためなら、人の命はどうなってもいい、というのはちょっと情け心のない鬼女でござるな。自分が救われるためなら人はどうなってもいいというのでござるな。しかもこのように命をかけて慕う、ありがたいしもべを」
伝兵衛は、つづけて言った。
「ふふふ。信乃どのも非情な心の持ち主じゃ。拙者に負けるとも劣らぬ、羅刹女、非情なお方でござるな」
と人間を冒涜する。
「さーて。次は何をしようかな」
と伝兵衛がうそぶいているのを信乃は泣きながら、
「どうとでもお嬲りなさいまし。信乃はあなたがしめしたがっているごとく、生きている資格のない人間でございます」と言う。

「まあ、今日はもうこれくらいにしておこう」
伝兵衛は、そう言って、酒をグビグビ飲んでゴロリと横になった。
しばしして、グーグー鼾が聞こえ出した。
信乃は、しめた、と思った。
後ろ手に縛られている佐助に、こっちへ来るように目で合図した。
佐助は、ゆっくり、いざりながら、信乃の所に来た。
信乃は、そっと佐助に耳打ちした。
「佐助。伝兵衛は、油断して寝ています。今がチャンスです。私の後ろに廻って、歯で私の縄を解いておくれ」
佐助は、言われた通り、伝兵衛に気づかれないよう、ゆっくり、信乃の後ろに廻って、歯で信乃の縛めを、解こうとした。佐助は、歯で必死に信乃の縄を縄の結び目に食い付いた。しばしして、ついに、縄が解けた。

信乃は、忍び足で、歩いて、伝兵衛に盗られた短刀を手にした。
伝兵衛は寝ている。
「伝兵衛かくご」
信乃は、ことさら、大きな声を出した。
寝首をかく事は、相手が、悪人といえども、卑怯なことで、あくまで、相手と対決して、仇を討とうという誇りが、言わせたのである。
それに、伝兵衛は、剣の達人。寝ているところを突いても一打ちで倒せるものではない、自分の死も覚悟の上で、運あれば、相打ちを、と考えたのである。
伝兵衛は、寝ぼけまなこで、目を開いた。
「伝兵衛。いざ、尋常に勝負」
そう言って、信乃は、短刀を握りしめ、伝兵衛に向かって、駆け出した。
が、伝兵衛の間近に近づいた時、足がもつれて、寝ぼけまなこで、横になっている伝兵衛の体の上に倒れた。しかし、短刀は確実に伝兵衛の脾腹に刺さった。傷口から鮮血が流れ出した。
信乃は、瞬時に、これから、どうすればいいか、迷った。
当然、この程度では、伝兵衛は短刀を取り上げて、刀で反撃してくるだろう。
信乃は死を覚悟した。同時に、人を刺した事など一度もない信乃は、仇とはいえ、罪業の念に襲われた。
だが、伝兵衛は、刀を抜いて応戦しようとはしなかった。
ゴロンと寝たまま、信乃を見つめた。
「で、伝兵衛。どうしたのです。どうして、私にかかってこないんです」
信乃が言ったが、伝兵衛は、黙っている。その眼差しには険がなく、慈恩の観さえあった。
「伝兵衛。私にはあなたを討つことは不可能だと悟りました。そのため、せめて、一太刀して、討たれる覚悟でした。どうして、刀をとらないのですか」
信乃は、声を大に聞いた。
「ふふ。信乃どの。見事、仇をとられたの。見事でござった」
信乃は、びっくりした。
「伝兵衛。いったい、どうしたというのです」
「信乃どのは、見事、あだ討ち、を果たされたのじゃ」
信乃は、ますますわけが解らなくなった。
「伝兵衛。いったい、どういうことなんです」
信乃は、伝兵衛の肩を揺すった。
「信乃どの。わしは、腎の臓器が病んでいてな。あと、わずかな命なのじゃ」
信乃は、吃驚した。
「では、あなたは、わざと私に討たせたのですか」
伝兵衛は、黙っている。その瞳には、慈しみさえあった。
「どうしてです。どうして、そのような事をしたのです」
信乃は伝兵衛の肩を揺すって聞いた。
「老い先、短い命。せめて信乃どのの手にかかって死にたいと思ったのじゃ」
「な、なぜです。なぜ、そんな事を考えるんです。理由を教えて下さい」
信乃に肩を揺すられて、伝兵衛は語りだした。
「ふふ。信乃どの。拙者は根っからの悪人でござる。しかし何だか信乃どのの手にかかって死ぬのはうれしい気持ちでござる。拙者は今まで誰も相手にしてくれなかった。そして悪いことをした時だけ、そしられ、嬲られた。拙者は人の情けを知らずに生きてきた。この人相とせむしの体のため。しかし信乃どのは拙者を相手にしてくれた。いくら、おこっても拙者をけなす言葉は言わなんでくれた。拙者はあだ討ちされて死んでいく。しかし信乃どのにあだ討ちされて死ぬのは無上にうれしい」
伝兵衛はつづけて言った。
「ふふ。信乃どの。いろいろ意地悪して本当に申し訳ござらぬ。信乃どのがあまりにもかわいかったのでいじめたくなってしまったのでござる。拙者は根っからの悪人でござる。しかし信乃どのの手にかかって死ぬのはうれしい気持ちでござる。おっと、涙が出てきた。悪人が泣いては様にならんな」
信乃の目に涙があふれてきた。
「伝兵衛様。しっかりなさってください。けっして死んではいけません。伝兵衛。あなたは愛を受けずに生きてきたんですね。だから心がすねてしまったのですね」
「ふふ。信乃どの。拙者はもう助からないし、助かりたいとも思わぬよ。信乃どの。拙者のわがままを聞いてくださるか」
「何ですか。伝兵衛様。何なりとおっしゃって下さい」
「信乃どの。手を握って下さらぬか。その感触を地獄へのお守りとしたい」
「伝兵衛どの。あなたはけっして地獄へなど落ちませぬ」
信乃は伝兵衛の手を握った。
「ああ。あたたかい。握ってもよろしいか」
「いいですとも」
伝兵衛はギュっと信乃の手を握った。
「ふふ。しかし信乃どののみじめな裸の姿はじつに美しかった。脳裏に焼きついて離れない。冥土の無間地獄でも、苦しくなったら思い出してお守りにしようぞ。信乃どのの玉を転がすような声と、モジつかせた裸の姿と、あわせて」
信乃は数々の辱めを思い出して赤面した。が、伝兵衛の呼吸が荒くなると必死になって、体を揺さぶった。伝兵衛は断末魔の最後の言葉をもって気力を振り絞り、
「さよなら。信乃どの。愛を・・・あ・り・が・と・う・・・」
「伝兵衛。伝兵衛」
信乃は泣きながら、いつまでも伝兵衛の体を揺さぶりつづけた。

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