【心の中の愛、心の中の世界】とあるアーティストを紹介させて下さい14

彼女は1886年6月28日にスイスのローザンヌに生まれました。

彼女が11歳の時に母が亡くなります。心臓病が原因でした。

彼女は、裁縫の専門学校で学んだ後、洋裁の仕事に就きます。

1911年、彼女は近くに住む男性と恋に堕ちましたが、母亡き後、家族の面倒を見ていた長姉マルグリットの過干渉を受けます。マルグリットは2人の仲を引き裂き、彼女をドイツへ追いやりました。

彼女はやがて、ポツダムにあるドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の宮廷で働く事になりました。
彼女はヴェルヘルム2世に激しい恋心を抱きますが、皇帝自身は彼女の存在にすら気付く事はありませんでした。

1913年、第一次世界大戦の直前に彼女はスイスのローザンヌに戻りました。
その頃の彼女は何度も何度もヴィルヘルム2世へしたためた恋文を送るなど、心のバランスを崩していきます。
統合失調症の診断を受けた彼女は入院し、その後44年間、病院で過ごす事になります。

入院当初から、独学で絵画の制作に没頭するようになりました。

1939年、院内の衣類修繕、アイロン掛けを請け負いながら絵画制作を続けていた彼女の元をジャクリーヌ・フォレルという人物が訪れます。医学生だったフォレルは常勤医の代理で彼女の診察を行った際、彼女の作品に強く惹かれます。
その後、フォレルは画材の提供など彼女の創作への援助を惜しみませんでした。

ひょんなことから美術批評家ジャン・デュビュッフェによって見出された彼女の絵は世間に知られるようになりました。

1963年、彼女の絵が売れ出した頃、州当局が、絵画製作を推し進めるために専属の作業療法士を彼女に当てがいますが、作業療法士が彼女の創作に干渉した結果、次第に彼女の健康状態は悪化してきました。

死の床でも絵筆に握る事をやめませんでしたが、やがて彼女は1964年4月6日に亡くなりました。

彼女が絵の中に書き残した言葉です。
「私の愛は蝶のように飛び去った、、、」

彼女の名はアロイーズ・コルバス。
心の中の愛を信じ、心の中の世界で生きたアーティストです。

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