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シルビア日記⑨ 神の領域

 人は誰でも異常なくらい緊張することがある。その要因はいろいろある。
『周囲から注目されている。』
『失敗するわけにはいかない。』
『ダメだったらどうしよう。』
その局面において感情は違えど、大なり小なり非日常の感覚に陥る。それがあまりにも大きいと恐怖にもなる。そこから精神的に崩れて体調まで壊すことも稀にある。
 先日東京オリンピックの金メダリストと井戸端会議をしてみた。彼女のあの試合前のプレッシャーは今までに感じたことのないものだった。気持ちと体がバラバラになって自然と涙が出ていた日も1日や2日ではなかった。しかし彼女は周囲の期待を当たり前の如くやり遂げて見事に優勝を果たした。側から見ていたら当然の結果となったわけだが、そんな簡単なものではなかったということは近くにいた人間ならばわかっているはずだ。あの神経をすり減らした日々は忘れられない。その苦労もあの日表彰台で見た日の丸と国旗、観客席からの声援で全て吹き飛んだ。一瞬だけ。
 終わった日からもう次への戦いが始まっているのがアスリートだ。あれから3年早くも次のオリンピックが迫ってきた。彼女に何が緊張するのか聞いてみた。私のような素人は勝敗への怖さかなと思い込んでいた。
彼女の答えは
『あの日のような精神状態に自分を持って行けるかどうかが一番の緊張です』
なるほどな。極限の状態に自分を持って行くという行為がもっとも重要でそこまで持っていけるかが不安なのだという。『すごい』率直な感想。負けられない人の精神状態とは負け続けてきた私にはよくわからない。
『ということは白鵬関は1年6場所常にそういう精神状態に持って行ってたってことだよね。すごいな。』
『神の領域ですね』
彼女の口から素直にその言葉が出た。私は彼女の背中から照らす光がもうすでに神の領域に見えた。
愚直に汗をかきまだまだ強くなろうとする彼女を心から応援しようと思った。

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