現在のことと、これまでのことを、つらつらと

私は、1993年生まれの現在31歳です。
2月末で仕事を辞めて、現在、無職。転職活動中の人間でございます。

んー、何を書こうか。

とりあえず、初回noteからかなり空いてしまい、すみません。
今日から、できるだけ投稿していけたらなー。と思っております。
PCのタイピングの練習も兼ねて…w

私の名前、見ていただければ、そのままなのですが。
毒親育ちです。
でも、世の中の毒親育ちと言われる方々よりも全然マシな部類らしいです。
(私は、大学時代に、そのことをカウンセリングの先生に言われてショックを受けましたが…)
でもでも、自分が毒親育ちだと思えば、毒親育ちなんですよ。

私の1番古い記憶は、幼稚園の頃。
わりと病弱な方で、休むことも多かった記憶。
親には迷惑かけました。感謝もしています。

でもなー、これまでのこと感謝してても許せんことってあるんですよねー。

幼稚園の頃、お昼ご飯はお弁当の日と給食の日がありました。
私は、当時今と違って好き嫌いが多く、その中でもピザパンが大っ嫌いでした。
で、その日の給食がそれでした。
私は、ピザパンの耳の部分だけかじって、先生とか周りの目を盗んで、そのピザパンを通園カバンに隠しました。
あとは、リンゴがあったので、その日はリンゴを食べて食事を終わらせようとしていました。
その時、先生から「あいさんもう食べ終わったの?」と。
普段から、給食を食べるのが遅かったので、異常に速く食べ終えた私を不審に思ったのでしょう。
嘘が苦手だった私。多分「あ、バレた」って顔をしてたと思いますw
その出来事を幼稚園の連絡ノートに書かれてしまいました。

当日、帰宅後、真面目(バカ正直)な私は、母親にちゃんと幼稚園の連絡ノートを見せるんですよね。(まぁ、見せなかったら、見せなかったで、「何で見せないのか」って言われるんですけどね。苦笑)
その時、隣に住んでいる祖母がたまたま一緒にいてくれた記憶があるんですね。
そこで、私は連絡ノートを読んだ母親の前で正座。
しこたま怒鳴り続けられていた記憶しかないです。
内容は「何でこんなことしたんだ?」っていうことだけだったと思います。
でも、母親の剣幕に気圧されて、私は何も喋れず、涙を流すだけでした。
そこに居合わせた祖母は、私をすごくフォローしてくれていた気がします。

「食べたくなかったんよねー。リンゴが食べたかったんよねー。」

って声をかけてくれていた祖母の優しさだけがその時の救いでした。
泣いて、トイレに篭りに行った時、母親の声が聞こえてきました。

「あー、また逃げていった。」

涙が溢れて仕方がありませんでした。

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