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【泣きながら執筆しました】オラの引越し物語

「保安検査場を通過するまでは絶対に泣かない、なにがなんでも」

朝の中部国際空港はひんやりとしている。
時刻は午前六時十分前。国際線出発ロビーの航空会社のチェックインカウンターはどこも無人で、ターミナル全体が閑散としている。
後一時間もすれば、ゴールデンウィークを海外で過ごす旅行客でごった返すのだろう。

息子を起こさないよう、そっとエルゴを外し、チェックインカウンターから一番近いソファー席に腰を下ろした。お世話グッズでパンパンになった鞄を地面に降ろし、ゆっくりと首をまわす。
夫は前日から手伝いに来てくれた義父と談笑し、むすめは義母の膝の上で携帯の写真を見せてもらっている。チェックイン開始まで後一時間。
お腹は空いているのに、何か食べようという気が起らない。日本のコンビニ食を堪能出来る最後のチャンスなのに。

連絡通路の向こう側に両親の姿を見つけた。
関西在住の両親は、この一時間のために何時に自宅を出発したのだろう。
「お腹が空いてるんじゃないかと思って」
母が差し出し袋の中には、雪印のパックコーヒーと神戸屋のミルクフランスが入っていた。
いつもは「ママ」と呼ばれている私が一瞬だけ娘に戻った気がした。

チェックイン開始三十分前には、むすめの親友であり、私の親友でもある親子が見送りに来てくれた。
むすめは親友に会えて嬉しそうだけれど、お友達に弾ける笑顔は見られない。旅立ちはいつだって残される方がずっと辛い。

夫がチェックイン手続きを始めた。
パスポートを確認する際も、むすめとお友達はずっと手を繋いだままだった。チェックインが完了し、スタッフの方に預入荷物をお願いした。

「じゃあ、そろそろ行こうか」
見送りに来てくれた人たちの前に家族四人で並んだ。
「元気でね」
「頑張りや」
「気を付けてね」

ギリギリまで我慢したけれど全然駄目だった。
明るく元気よく、寂しいなんてこれっぽっちも思っていない平気な顔で別れようと思っていたのに、全然うまくいかなかった。
泣いているとばれるのが嫌で、涙も鼻水もそのままにした。
保安検査場の扉を過ぎれば、もう戻れない。
振り返って大きな声で叫んだ。
「いってきます」


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