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#9 易きに流されてはならない

つまりAIが大量生産を担ってくれる状況においては、消費者となる多くの人々の需要を喚起するために、BIによる再分配の規模と給付水準をどれくらいに設定するのかという事項が、国家にとって最も重要な経済政策になってくるであろう。いずれにせよ、AIが世の中を豊かにするために不可欠なのが「再分配」であり、今後も市場主義経済のメカニズムを保ち、経済を活性化させていくための再分配の切り札としてはBIが最も有効であるという意味において、AIとBIは不可分に結びつくことになるのだ。

波頭亮『AIとBIはいかに人間を変えるのか』[2018: p.219]

 わたしたちはいつも目の前のことだけを見ていて、未来を見つめていません。それはある意味、無駄といえるようなことだからでしょう。未来よりも今どうやって生きていくか、このことが喫緊の課題となっているのです。しかし、どんなに目を背けようとも、世の中は進化しています。働きかたどころか、生きかたの見直しすら迫られるような、次の時代が到来しようとしているのです。そんな〈新しい時代〉にどのようにわたしたちは生きていくのがよいのでしょうか。

 AIの進化によって世の中が変化し、SF映画のような近未来社会が訪れたとしても、「どうせ自分は毎日会社に行って疲れて帰る、という日々に変わりはないのだ」と思っているのではないでしょうか。「行きと帰りの移動方法が電車から自動運転の車に変わろうが、ストレスは減らない。なぜなら、ストレスの原因は人間関係だからだ」と思っているのではないでしょうか。わたしたちは、100年前の人々が想像もできなかった世界に生きています。しかし、その労働はわたしたちに「幸福感」を与えてはくれませんでした。もしくは、ごく一部の勝者だけに「幸福感」が与えられるという状態になってしまいました。

 結局、「どんなに便利になっても、科学技術は人間のこころの空白は埋めてくれない」ということが真実なのでしょうか。今回起こるといわれているシンギュラリティも、期待を煽るような書籍が何冊も出版されていますが、フタを開けてみればその逆のディストピアが広がっていた、というようなことになってしまうのでしょうか。よくベーシックインカムを実施したら、人々は働かなくなり、怠惰になるといわれますが、本当にそうなってしまうのでしょうか。もちろん、ベーシックインカムを実験的におこなっている国もあり、必ずしも無気力状態になってしまうわけではなく、よりよくなったという報告もあります。

 どちらの未来が待っているのかは正直なところ不明です。ただ、AIの進化は、人々の暮らしに影響を与えてくるのは間違いないことでしょう。このままの社会ではいられないのです。「これ以上のAIの研究は危険なので中止する」という方向には進んでいないのです。今後も確実に進んでいきます。その未来の具体的な姿はまだ見えてきていません。予想して書いている人たちがいるくらいの状態です。ただ、道すじは見えてきているのです。具体的には見えていませんが、それでもどう変わっていくかの基本路線は見えてきているのです。間違いなく「仕事」の意味が変化します。このことを薄めたかたちで書かれている本が数多くあります。そのため、シンギュラリティが起きたとしても、今の生活が根本的に変化することはないと思ってしまう人も多いことでしょう。

 現在起きていることを冷静に見つめて分析していく必要があります。わたしたちは実に巧みにメタバースに誘導されているのです。そのためにインフルエンサーたちがいるのです。これからの世界とは、オンラインとオフラインがグラデーションになっていく世界です。人々の差異を個性として捉えようという平等思想が流行りつつも、こんなにもルッキズム全盛の時代はこれまでなかったのではないでしょうか。わたしたちは、可処分時間の多くをスマホを見て過ごしています。このことの意味を考えなければなりません。人間とは「易きに流れる」ものなのです。自分の感覚だけを信じて生きていたら、簡単に操られてしまうでしょう。世の中とは複雑なものなのです。その複雑さとどう向き合うかが、自分の人生を生きるための重要なポイントになるのです。

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