拒食症

今考えたら拒食の5年間本当に無駄過ぎた。

なんで5年も20㎏代でいる事に囚われてたんだろう、、、

拒食症だった期間に得られた事もあったけど、比べ物にならないくらい代償がデカ過ぎたよ

バレエ教室の子達が細くて可愛い子しかいなくて、私も痩せないとと思った
完璧主義だから勉強よりも早く結果が出るダイエットが楽しかった
同級生の男の子に豚、ブス、デブ、暗い、って言われた
同じ身長の子よりも私の方が体重が重かった
自分の容姿が気持ち悪くて、ブスで醜くて、
痩せたら可愛くなれるんじゃないかと思った

痩せたら周りの態度が変わった
かわいいね、細いね、って言ってくれるようになった
でもいつの間にか心配しかされなくなった
痩せ過ぎて気持ち悪い、骸骨みたい、骨と皮、
何を言われても褒められてるんだと思ってた

23㎏になるまで親には痩せた事を気付かれなかった。
親に「食べろ」「なんで食べれないの?」「痩せ過ぎて気持ち悪い」
って言われるようになった。

泣きながら食べてって言われても食べれなかった
親も周りも私を太らせようとする悪魔にしか見えなかった

毎晩寝てる時に母親が心臓が止まってないか確認しに来てた
その頃にはもう親に支えて貰わないと歩けなくなってた
1日に1本、39カロリーのアーモンドミルクしか摂れなくなってた

色んな病院を回ったけど、死んだら病院が責任取らなくちゃいけないからって、摂食障害の人は診れないからって、どこも入院を断られた

顔を動かすエネルギーが無くなって笑えなくなってた
話すエネルギーが無くてゆっくりしか話せなくなってた
起きてるのがしんどくて1日中横になってた
眠る時に背中の骨がベッドに当たって床ずれになってた

病院行こうって車に乗せられて、気づいたら診察室にいた。21㎏になってた

自分が痩せてる事も分からなくて、なんで病院にいるのかも分からなくて、医者も看護師さんもバタバタ駆け回ってて、親は泣いてて、
状況が理解できなかった

車椅子に乗せられてベッドしかない窓がない監視カメラが付いた真っ白な個室に案内された
ベッドに移されて点滴を入れられた
親は帰らされた
ベッドから降りるのもダメで、携帯も本も何も持ってなくて、時計もなくて、
ずっと点滴が一滴一滴落ちるのを見ながら泣いてたら朝になってた

その部屋を出るまで3ヶ月かかった
退院するまで9ヶ月かかった
誕生日もクリスマスも1人だった
親に電話したかったけど、テレホンカードが高くて勿体無くて電話しなかった

治ったから退院した訳じゃなく、主治医にも病院にも治らないと諦められて見放されて無理矢理退院させられた。

退院して数週間でまた摂食が悪化した
一切食べられなくなって23㎏まで落ちた

また新しい病院に入院させられた

親に「なんで食べれないのなんで治せないの」って泣きつかれるのがつらくて、高い入院費を出して貰うのが申し訳なくて、病気の事を話せる人が1人もいないのがつらくて、同級生は中学校生活スタートしてるのに私だけずっと入院してるのがほんとにほんとにほんとに悔しくて惨めで情けなくて羨ましくてつらかった。
今でも陸上部入りたかったな、中学校三年間通いたかったなって思って泣く


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