田村哲夫 『伝説の校長講和』 (聞き手・吉沢由起子)
僕にとってのこの本の大事な部分:
知性ある大人が、こどもに語る。完全無欠の教養人が、理想の学校を作る。
渋幕は誰もが知る名門校ですが、その歴史は意外と長くないですね。この本の主人公である田村哲夫氏が、1983年に創立しました。
田村氏はご自身の母校、麻布高校の教育を参考に、「幕張に麻布をつくる」との意思で学校を設立。数々の困難をのりこえ、有名人気高に育て上げました。
氏は、リベラルアーツにこだわりをお持ちです。
しかし、みんな知っているように、日本の受験システムでは、高2あたりで文理わけがほぼ必須のカリキュラム、というのが普通です。リベラルアーツなんて悠長なことはあんまりいっていられないのですよね、残念ながら…
しかし、教育の本質は「自考自調」にある。いったん学問に目がひらかれたこどもたちは、勝手に探究して伸びていくのもまた事実。田村氏は、ハイレベルな受験対応校を育てつつも、こどもたちが自らリベラルアーツに向かう可能性を信じ、知的な「あそび」の余地を残しておいた。そんな感じなのでしょうか。
表題の「校長講和」は、高校教育のカリキュラムに入れにくい「リベラルアーツ」を、校長自身の言葉でおぎなうもの、であるように僕には思われました。いわば、こどもたちのスイッチをいれる時間。
この本には講和内容が収録されていますが、田村氏はおどろくべき博識、教養人であり、一級のビジネスマン。文系・理系のトピックを、中1から高3まで、年代に応じて講和をくみたて、6年間の「校長講和」全体で、ひとつのリベラルアーツ的な体系を持たせるように作られています。
博覧強記。そして学問という崇高な目的を愛する純粋な姿勢が感じられます。
かないません。完全無欠のプレゼンターです。あっぱれ。
学校広報に携わることもあって、学校のイメージをどう作っていくのかにはとても興味があるのですが、これまでこうした本を読んだことがありませんでした。たまたま書店で立ち読みした妻が、あなたの仕事に役立つのではとすすめてくれました。
大変参考になりました。学校が、自分は何者であるかを発信する。そうした力にとても長けた学校。
ところで、僕自身は、リベラルアーツや教養を重んじる姿勢には共感します。それに、田村氏はすごいと思います。ただ、博覧強記には自分はなれなかったし、真逆の人間だな、と感じもします。やっぱり、40を手前に考えますが、あらためて、僕はこんなインテリにはなれなかったなあ(当たり前だ)。
ただ、自分にも挑戦できそうなことをこの本をヒントに考えましたが、それは自分の考えの体系を作る、ということでしょうか…
たとえば、田村氏の「校長講和」の世界は、田村氏に深く影響を与えたものを、文理横断的に配置し、一本の物語につむいだもの、だろうと思うのです。
博識な田村氏が、ご自身の脳内にある豊富なトピックの中から、こどもたちに話す価値がありそうなものを、一本の物語に紡ぎあげたもの。体系だてたもの。なんじゃないかな、と思います。
僕のように知識に偏りがあるような、博覧強記とは真逆の人間でも、この本を読んで感動するなと思うポイントは、この話が、年長者からこどもたちへの物語である、というところです。
自分の考えを、体系づくりたい。次の世代にパスするために。
そういう気持ちになるっていう意味では、僕ら普通の人間と、教養深い田村氏も、同じと言ってもいいのかもしれません。ギター作りのリックさんだって、弟子に知識を渡す日を待っていたのだから。
うん、歴史を感じる話ですね。大人だって、たいていのばあい、自分の知識を繋いでほしいのですね、こどもたちに。博覧強記だろうがなかろうが、たぶんそれをやってもいい。
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