ローズマリー・サトクリフ 『夜明けの風』
僕にとってのストーリー:ひたむきさ。とにかくひたむきに生きる。世の中は変わる、盛者必衰。黒が白になるような大きな変化の中、他者のためにオウェインは生きる。自己犠牲。100%、何かの集団に所属することはできない。
『ともしびをかかげて』の続編。本当に素晴らしい。児童文学と呼ばれるサトクリフの本ですが、大人が読んでこそ感動するのではないかと思います。
主人公のオウェインは、ケルトの王の若き戦士。14のとき戦場ですべてを失った。それからは、運命に翻弄されながら、常に他者のために生きる。唯一の希望のレジナと再開もかなわず、サクソン人の奴隷に身を落とす11年間。ひたすら、サクソン人を支え続ける。異民族サクソン人からは、本当に頼りにされる。でも、彼はサクソンじゃない。
圧巻の想像力と描写の力。すべての作品に通ずるサトクリフの一流の語る力。なんで見てないのに七王国時代のことをそんなに見てきたように書けるのか。なんで孤独の本質をここまでとらえることができるのか。
歴史的な知識が背景にあると、サトクリフの歴史研究の力を讃える類の文(あとがきとか)は多いけれども、知識が書かせているというよりは、書くために知識が必要だったのではないか。サトクリフが書きたいもののために、ブリトンやサクソン、ローマの時代設定が必要だったのではないか、とすら思います。
これまでに読んだサトクリフの作品は、どれも「運命」が描かれてきたように思います。でも、この『夜明けの風』は、その中でも極限の状況を描いたものだと思います。
話はかわって、人が生活の中で歴史を感じるときというのは、年長者との対話の時間、なのではないかと思います。これについてはこれまでもいろいろ書いてきましたが(たとえばこういうもの)、サトクリフの作品には歴史を体現するような年長者がしばしば出てきます。今回も2人の人物が、オウェインに歴史を見せる。自分を長い時間軸の中に位置付けることで、オウェインは何とか、癒しを得ていく。素晴らしい場面がたくさんあります。
二人の年長者のうちのひとり、独眼のエイノン・ヘンというオウェインと同じブリトンの老人が出てきます。彼は4年以上もの歳月、サクソンの部族長ベオルンウルフのファミリーを支えるために力を尽くしたオウェインに、次のようなことを話します。
オウェインには、過酷な運命の全貌というか、自分の生きている地点を見通す力はありません。そうした力を持っている人は稀なのだと思います。でも、生き抜いた先人には、はっきりは言えないかもしれないけれど、もがき生きている若者に、「それでいいんだ、その調子だよ」と声をかけることが許される。「お前、意味あることをしているよ」と。
僕はなぜか知らないけれど、そうした場面が本当に好きです。たぶん、自分が思う歴史の根幹みたいなもんかなと思っています。
最後に、この本は、随所にサトクリフの哲学を感じさせるものがあります。信仰、馬、敵対者、そうしたものの描き方も大変素晴らしいと思います。
前回、マイケル・モーパーゴの記事を書き、イギリスの児童文学の厚みに敬意を持ちましたが、やっぱりサトクリフは自分にとって別格のようです。いま、彼女そのものについて、もっと知りたいと思うように僕はなってきています。
サトクリフの研究をしてみたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?