【映画感想】NEWシネマ歌舞伎 『三人吉三』
2014年6月に、シアターコクーンで上演された演目。
シネマ歌舞伎として2015年6月に上映され、このたび再上映というので、行ってきた。
驚きは、舞台の上演は10年前ということ。
10年前、すでにこのハイレベルさかぁ。
ベースは歌舞伎の『三人吉三』。あらすじはこちら。
※以下、完全なネタバレとなります
役を生きることができる勘九郎(和尚吉三)は、劇中の無言も、さらに「無音」さえも味方である。
ラスト数分(それでも相当な長さ)、映画は「無音」になる。
降りしきる雪。
音のない3人だけの世界で、お嬢吉三(中村七之助)とお坊吉三(尾上松也)が差し違える。和尚は刀で自らの腹を切る。
お坊の腕の中で微笑みながらお嬢が息絶え、次にお坊が伏す。
涙を浮かべてそれを見届けてから、和尚吉三(中村勘九郎)は2人に自分の着物をそっとかけてやる。そして2人にかぶさって倒れ込む。
どさーっと、それまでだって舞台に積もるほどの紙吹雪なのだが、さらに真っ白な雪が落ちてくる。ようやくここで無音が終わる(たぶん)。
カメラは、これ以上できないというくらい、役者に近い。
セリフも無い、音も無い。
一分の隙も許されない静寂の中で、3人がそれぞれ、吉三を描き出してみせる。
この緊張感は、凄まじい。
河竹黙阿弥が描いた世界を、いかに生々しく再現するか。
現代の肉体でもってどこまで吉三を甦らせることができるか、挑戦した作品のように見える。
わたしはずっと、河竹黙阿弥の「因果応報」が、好きではなかった。
だって暗い。救いがない。
ボタンのかけ違いが延々続くのを面白がるには、あまりにも、おとせ(中村鶴松)と十三(坂東新悟)のように理由も分からぬまま命を奪われる人々が悲しすぎる。
しかし、今回の『三人吉三』を観て思った。
もしかしてこれは、したこと(あるいは、しなかったこと)が自分に返ってくるとか、前世からの因果だ諦めろ、ではなく、後世の果報のためにどう生きるか、という話なのかな?、と。
3人の吉三は、境遇が作り上げた悪党盗人である。
5歳で拐かされたお嬢、武士だった父を殺されて落ちぶれたお坊。
和尚も、元は父親が悪党だった。
生きようとして盗み、騙し、人を傷つけたのだが、そうなりたかったわけではない。
彼らに繋がる家族や環境(事件)が、3人の吉三を悪党にし、恋人たちを死で引き裂く。
もちろん、吉三たちの親だけが悪いわけではない。
その前、またその前、あるいはその周辺で起きる悪や身勝手が、次の悲劇を生む。
負の連鎖に立ち向かう術は本当にないのか。
弱いもの、はみ出したものは潰されても仕方がないのか?
未来、後世に幸せを贈る生き方はできないのか。
黙阿弥の描く「因果応報」話は、そういう問いかけでもあるのかもしれない、と思った。
それもこれも、スクリーンで泣き、笑う吉三たちがこれ以上ないほど生々しく、精一杯、生き切るからだ。
中でも、七之助のお嬢吉三は興味深かった。
お嬢吉三が、おとせから金を奪って川へ蹴込んでしまう、「大川端の場」。
「…ほんに、人間は怖ぇの」
この、冷たいとも狂気とも違う目つき。
歌舞伎で多くの場合、お嬢吉三は、正体を隠す必要がなくなると完全に男の低い声になり、大袈裟なくらいガニ股で歩くのだが、七之助のお嬢吉三は、そこまであからさまに低い声やガニ股歩きをしない。
きっと、このお嬢吉三は、娘姿と本性にそれほど大きな差がない。
5つで拐かされて旅の一座に拾われ、そこから美人局の生活で、振袖も娘らしい話し方も身体に馴染んでいるのかもしれない。
去ろうとしたところを、お坊吉三に声をかけられ、百両を巡って命のやり取りになる。
ここで、お嬢吉三は、斬り合っているのに笑う。
次の一瞬で命を落とすかもしれない状況で、楽しさを堪えきれないように退廃的な笑みを浮かべる。
いよいよ追い詰められ、荒れ寺でお坊吉三と死のうかというときも、お嬢は心が決まって陶酔に近いような笑みを浮かべる。悔いは無ェよ、とお坊を見つめる。
こういうお嬢吉三は初めて見た。
七之助による役の解釈というか、表現には、毎回ハッとさせられる。
和尚吉三の妹おとせを、中村鶴松が演じている。
歌舞伎俳優名鑑を見ると、彼は1995年生まれとあるので、上演された2014年の6月は19歳。
この人の芝居は、ガラス細工の花みたいな繊細さで、壊したらいけないなぁ、っていう気持ちになる。
一方でその危うさ儚さが、突然化けそうな面白さもあって。
いつか、『怪談牡丹燈籠』お露とか見たい。
NEWシネマ歌舞伎『三人吉三』、普段の歌舞伎との違いを比べて楽しむのもいいし、これはこれとして予習なしで見るのも派手だし衝撃的でいいと思う。
わたしにとっては、歌舞伎が長い歴史の中で、ちょっとずつ置いてきてしまったものというのがあるかもしれない、と考えるきっかけになった。
中村屋関連の観劇感想も、ぜひどうぞよろしくお願いいたします。