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闘病記その1

吾輩は ALSである。名前は原田美穂子。

2019年12月24日.忘れもしないクリスマスイブの夕方、鳥取大学医学部付属病院の7階B病棟で検査入院の結果を主人も一緒に聞いてもらう。何を隠そう、主人は、ドクターである。もひとつおまけに言うと、この病院の院長とやらを任せられている大変忙しい人である。その病院長をお供に横に並んで教授から話を聞く、原田美穂子って何様だ(笑)

先生から告げられた病名は、簡潔にいうと、神経内科で「難病」!?とされてる類のものらしい。

そう告げられた私は、へぇー難病?ふーん・。・なんじゃそれ?ってわけが分からない

理解不能状態でした。先生はお二人いらっしゃって、なんか気の毒そうに話されました。話が終わり、病室に戻る時、看護師さんがずっとそばにいて、大丈夫ですか?と何度も声をかけて下さり背中をさすってくれました。

後でわかったことですが、主人が私の後ろから、説明している神経内科の教授と担当医の先生に何度も首を振って病名を言うなという指示をジェスチャーしていたらしいです。

おかげで私は脳天気に心配してくれてた妹たちや友人たちに「なんか難病らしいわ」とラインを打って、笑顔で年末年始をおくることができました。

知っていたら地獄に落とされた気分でお正月なんか迎えてなかったと思います。

友人たちにも「もしALSなら錦織監督にドキュメンタリー映画撮ってもらおう。」などとぬかしていました。

宣告を受けたクリスマスイブに退院したので、晩御飯はクルクル回るお寿司を食べて帰ることに。大トロや中トロを堪能して帰りました。今思うに、主人はきっと食べた気にならなかっただろうに何事もなかったように付き合ってくれたのでしょうね。お寿司が喉を通らなかったと後になって聞きました。

そして運命が決まる2020年1月。大阪大学附属病院に検査を受けに行き、その病名を聞くことになります。つづく

写真は35年前の前撮り結婚写真です。実家から埃をかぶっていたのを新婚の息子夫婦が見つけて届けてくれました。

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