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短編小説:「誰のための楽園なのか」
あらすじ
業務に忙殺されている主人公。そこへ先輩に「いい店がある」と夢が見られる店を紹介される。
半強制的に休みを取らされて店に行ってみると、好きなものに囲まれた夢である「楽園」を説明され、各コースの話を聞いた主人公が一つの疑問を店員に伝えると門前払いされてしまった。
半額クーポンを二枚とも先輩に渡すと、門前払いを食らった事実を伝えないまま連休を迎える。
連休中に疲れを癒した主人公は、連休明けに出社した先輩の変わりように目をむいた。
以前、2週間程投稿していた「書く習慣」というアプリで
2024/5/1 お題「楽園」に投稿した作品です。
リハビリとして小説や詩を毎日お題に沿って書いていたものを厳選し、
軽く推敲して転載しています。
ペラペラと紙を捲りながら、眼前のパソコンに打ち込む。電話が鳴れば応対し、受話器を置くとまたパソコンに向かう。
画面の中で資料を作っている間は、期限に追われて心臓が秒針の針と呼応していつもより早いテンポで脈動を打っていた。
「お前、最近ちゃんと休めてるのか?」
「……お疲れ様です」
声がかかって座ったまま振り向くと、背後に立つ先輩が缶コーヒーを差し出した。お礼を言って受け取ると、早速中身を喉に流し込む。水のようにあっさりとした味と風味が喉に心地よかった。
「顔色が悪いのは前からだけど、最近はもっと酷いぞ」
先輩の言う通り元々色白の顔にクマができ、鏡を見る度に自分でも顔色の悪さに驚いていた。ここしばらくトラブル続きで残業が多く、帰ってもゆっくり休めないまま始発で仕事に来ているせいだ。
先輩も同じプロジェクトだが要領か体力の違いか、俺ほど疲れているようには見えない。三年も離れていると、こんなに差が出るものなのか。
「休みの日は、比較的寝れてるので大丈夫ですよ」
平日は業務のストレスか交感神経が高ぶっているのか眠りが浅く、ごろ寝のまま長い夜を過ごして気がつくと朝になっていた。休日は時間の制限がないので昼間で寝て、午後から活動を始めることが多い。
「平日は寝れてないのか。ストレス解消、下手そうだもんな」
失礼な。気遣いもコーヒーも有り難くもらうが、たまに出る余計な一言が玉に瑕だ。だが、入社当初からお世話になっている先輩なので、業務上でとはいえ俺のことはよくわかっているのだろう。
「そうだ、たまには息抜きしてこいよ。その分の仕事引き継いでやるからさ。この店とか、今イチオシだぜぇ」
そう言いながらにやけた先輩が差し出してきたのは、とある店の紹介カードだった。鮮やかな紫色に白地で書かれた装飾文字の店名が怪しさを増幅している。
「『楽園で過ごしませんか』……なんですか、これ」
裏のキャッチコピーと簡易的な地図を見て、妙な宗教勧誘を疑う。寝不足で余裕のない頭で勘繰った俺を、先輩は手のひらを左右に降って笑い飛ばした。
「ないない、怪しくない。ホテルみたいんなもんだよ。こういう夢見たいな〜って思いながら一人で寝るだけ」
夢なんて操作できるものだろうか。小学生の頃に流行ったおまじないじゃあるまいし、と枕の下に好きな子の写真を置いていたのを思い出す。
「何度か行ってるけど普通のビジホとそんなに値段変わんないし、ちょっと変わったビジホで寝ると思って行ってみろよ。このカード持って行けば3割引きだからさ」
「……で? 先輩には何が懐に?」
「なんだよ、疑り深いな。可愛い後輩が目の下で真っ黒なクマを飼ってるのを気にかけてやってんだから、素直に受け取っとけよ」
肩を竦めながら大げさにため息をつく先輩だが、どうも嘘くさい。社会に出ると胡散臭い商法ばかりが目に付いて、警戒心が強くなっていたのは否めない。寝不足の今ならなおさらである。
「それじゃあ、有り難くいただきます……」
渋々ながら先輩が差し出すカードに手を伸ばして受け取ろうとするが、引っ張ってもびくともしない。顔を上げると、ニッといい笑顔の先輩と目が合った。
「もし店に行ったら、紹介特典で半額クーポン二枚貰えるから一枚くれな」
やっぱり目論見があるんじゃないか。渋々だが、素直に受け取ったことを後悔した。
翌々日。さっそく行ってこい、との後押しでいつの間にか上司に相談されており、半強制的に休みを取らされた。多少の目論見があるとはいえ、普段お世話になっている先輩の厚意も無碍にできず例のホテルに向かう。
ホテルとは言ってもアパートの様な建物で、各部屋の入口は見えない。外壁は石のようなデザインで、なんというんだろう。こういったデザインには詳しくないので、大理石風ということにしておく。
こうしてみると確かに怪しさはない。表に目立った看板もなく、ただの一風変わったアパートのようだ。正面のくもり硝子の扉を潜ってエントランスの先に受付に向かうと、店員らしき女性が出迎えた。
「いらっしゃいませ。ご予約はございますか?」
「あ、いえ……紹介で来たんですけど」
そう言いながら例のカードを差し出すと彼女は丁寧に受け取り、慣れた手つきで手元の端末を操作し始めた。綺麗に塗られた爪が時々画面に当たって軽い音を立てる。
「ご来店ありがとうございます。確認が取れましたので、早速当店についてとシステムをご紹介します」
手元にあったのはタブレットらしい。カウンターにそれを置くと、俺が見やすいように向きを変えた。
「人にはそれぞれ、好きなものがございますよね。好きなものに囲まれた夢、私どもはそれを『楽園』と呼んでいます」
タブレットには次々にイラストが表示され、女性はプレゼン資料の様に流していく。絵のタッチは、どことなく無料素材で有名なイラストを彷彿とさせる緩いものだった。
「ストレス社会の現代に必要なのはストレス発散ができる場所……『楽園』はその一助を担えれば、と開発されたサービスでございます」
最後の言葉を締めくくり、一通り紹介が終わったらしい。イラストに気を取られて半分くらい聞いていなかった。
女性の操作でタブレットの画面が切り替わると、実際の利用時に選択するらしい画面が並ぶ。
「お客様、何かお好みはございますか?」
「はぁ……」
突然問われると意外と思いつかない。間抜けな声出てしまった。
ここしばらく、趣味らしい趣味ができるほど気力がなかったので全然浮かばない。それに、趣味ならば家でもできる。
「突然好きなものを、と問われても困りますよね。例えば私は、美味しいご飯がゴロゴ……沢山ある夢が『楽園』です。お客様はかなりお疲れのご様子ですので、今回は初心者の方におすすめのコースをご提案しますね」
好物を決めかねていると、弾丸のような営業トークとニッコリと営業スマイルを浮かべて三つほど画面に表示させた。
「お値段が三段階ございまして、今回各段階から一つずつご紹介いたします」
画面の中には「ぐっすりリラクゼーションコース」、「イヌ・ネコもふもふコース」、「穏やかティータイムコース」と書かれた四角い枠が表示されている。それぞれ手の平で示しながら女性は説明を始めた。
「『リラクゼーションコース』はマッサージの中お休みいただけます。『もふもふコース』はその名の通り、もふもふに囲まれて癒やされます。この中で一番人気のコースです。『ティータイムコース』は、アフターヌーンティーをお楽しみいただけますよ」
「……あの」
「はぁい」
働かない頭でもふと疑問に思ったことがあり、始める前に確認したかった。小さく挙手をして声を上げると、彼女は語尾にハートでも付けんばかりに声高の返事をした。会社で営業の電話をする女性陣を思い出したが、せっかくの休日なので仕事のことは頭から追い出す。
「もふもふは布団とかあり得るのでいいとして、マッサージとかアフタヌーンティーって、実際にマッサージ受けたり飲めたりするわけじゃないんですよね?」
「…………」
「せんぱ……紹介者の話では、全部夢の中の話だって聞いたので。なんか、不毛かなって」
「当店は夢の中でお楽しみいただきながら、ストレス発散と疲労回復を目的にしておりますので」
「夢って眠りが浅い状態で見ますよね。睡眠って浅い深いを繰り返すのが良いとされているし……そんな浅い状態で疲労回復は望めるんでしょうか」
我ながら夢がなく妙につっかかる言い方になってしまったが、どうにも怪しさは拭えない。なかなか寝付けない日々に学んだ知識が、まさかここで生かされるとは思いもよらなかった。
俺の疑問を最後まで聞くと、タブレットがカウンター側に仕舞われた。流石に言い過ぎたかもしれない。厄介なクレーマーだと思われてしまっただろうか。
「失礼ですが、お客様は当店にはそぐわないようです。ご紹介いただいたお客様には、こちらをお渡しください」
「えっ……」
まだ利用もしていないのに、紹介特典の半額クーポンが二枚差し出される。ただ門前払いされるだけだと思ったので、意外な対応に面食らってしまった。
「残念ながら現実主義傾向が強すぎるお客様は、ご利用いただけない決まりなんです」
残念そうに話す女性は最後まで欠かさず営業スマイルだったが、有無を言わせず「帰れ」と圧をかけられている気がした。
「またのご利用、お待ちしております」
これ以上ここに残る理由もないので大人しく踵を返すと、出迎えとは打って変わって無機質な見送りの声を聞きつつ店を出た。
翌日、先輩にはクーポン二枚を渡して、感想をせがむ声にはバツの悪さから微妙な反応で返した。それにしても、半額クーポンとはかなり破格だ。
********
数週間後。GWでカレンダー通り仕事が休みなると、かなり疲れが取れたらしく、濃かったクマも薄くなりつつあった。連休前にようやくトラブル続きだった業務も落ち着きを見せ、休日出勤にならなかったのが幸いした。
ところがGWが明けて出勤してみると、今度は先輩がやつれて出社してきた。聞くと休みの間、ずっとあの店に通っていたのだという。
「お前もまた行けばいいのに」
受付の時点で門前払いを受けたことは言っていないので、先輩は純粋にそう思っているのだろう。ヘラヘラと笑う姿は以前よりもだらしない。
あれってもしかして、夢魔とかそういうやばいやつだったんじゃなかろうか、と思い当たる。利用者に夢を見させて、気力だかなんだかを吸うとかなんとか。昔、好奇心で聞いた怖い話にあった気がした。
まさかな、と半笑いで頭を振る。何が現実主義者だ。聞いて呆れる。
だが先輩の様子は明らかにおかしい。今まで気にかけてくれた恩もあるし、何も考えずにクーポンを二枚とも渡してしまったせいで余計に通いやすくなってしまったのかもしれないと思うと罪悪感が募る。
とりあえず先輩をあの店から遠ざけるべく、次の休みは飲みにでも誘おうと決めたのだった。
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