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【短編小説】 初恋 SideA-④
わたしは走りました。
無我夢中で走って、突然見えない壁にぶつかりました。
こんな時にも、わたしはこの橋を渡れないのでしょうか。
空高く舞い上がってみても、地面を這うようにしても。
どうして。
わたしは、そこら中を駆け回りました。
わたしは風なのに、何故あなたのところへ飛んで行けないのでしょう。
なぜ、こんなに無力なのでしょう。
抑え切れない焦燥の中、ある物に引きつけられました。
いつか見つけた石碑です。
これを見ると恐怖が蘇るから、ずっと離れていました。
石は、あの時と変わらず無言だけれど。
教えてくれるような気がしました。
橋を渡る術を。
もう一歩、石に近づいた時。
わたしの中に、雷に貫かれたような衝撃が走りました。
思い切り宙へと舞い上がります。
気がついたら、もう橋を渡り始めていました。
もう誰も、わたしを阻むことはできません。
見えているのは、空を仰いで心地よさそうに微笑む、あなたの横顔だけでした。
わたしは怖かっただけなのです。
生きながら焼かれた恐怖の地へ踏み入ることが。
異形の塔を、初めて間近に見ました。
塔は、その大きさを誇るようにそびえ立っています。
わたしは、そこから街を見下ろしました。
雲の切れ間から見えるのは、懐かしさと異様さが混在する街でした。
四角い建物から黒煙が上がっています。
建物目がけて急降下しました。
建物は、もうその形が分からなくなるほどに黒煙で覆われています。
激しく揺れる炎を目にした途端、わたしの動きは止まりました。
怖い。
纏わりついて離れない熱。
より熱く、より深く、より残酷な。
終わりのない、比べる対象もない、人が生きる世でいちばんの苦しみ。
炎の赤さと、離れた場所にまで襲いくる熱を前に、わたしは竦み上がりました。
もう、いやだ。
あんなに恐ろしく、苦しい思いはもういやです。
恐ろしい考えが、わたしの中に湧きました。
あなたが、こちら側へ来てくれたら──。
でも。
揺らめく炎の間から、苦痛に歪むあなたの顔が確かに見えました。
その胸に懸命にかばう女性も。
わたしには、あなたの気持ちが手に取るように分かります。
彼女は、あなたの大切な人。
二人が顔を寄せて笑い合う姿が蘇ります。
わたしは、心地良さそうに微笑むあなたが好きでした。
あのベンチで。
大きく息を吸い込みました。
少しでも大きくなれるように。少しでも多くの力を込められるように。
何も考えずに建物へ突進しました。
わたし、分かったのです。
なぜ目覚めたのか。
なぜ、今だったのか。
焼かれて死ぬことがわたしの運命で、どう足掻いても、それを変えることができないのなら。
これで良いのです。
何の意味もなく燃え尽きてしまうよりずっと。
それに。
初恋は、実らないと言うでしょう?
これで良いのです。
この先に繋がる、生があるのなら。
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