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アマチュアライターの悲劇

先日、新聞の社会面の小さな記事で荒井晴彦が弟子の脚本家が書いた映画の脚本を弟子に無許可で改変した行為で賠償を命じられたということを知って少し驚いた。

驚いたのは荒井晴彦が人様から訴えられるような人ではないと思ったからではなく、荒井氏本人が20年以上前に、今回とそっくり同じようなケースで
脚本改変の「被害者」になっていたからだ。

ちなみにこのときの「加害者」は監督の阪本順治で、映画は「KT」。
映画のクランクインが迫っていて、話し合いで解決している時間的な余裕がなかったという、「加害者」側の言い分もそっくり同じだ。ただし、この二人は後に和解していて、互いのコラボで「大鹿村騒動記」という傑作も生み
出している。

今回、五藤さや香がかつての師匠であった荒井氏を裁判で訴えたということは、もう和解するつもりはないということだろう。悲しいことだが、その怒りと失望は本人にしか分からない。今回のようなケースは映画が好きな一観客として、今後も業界内で繰り返されてはハタ迷惑なことなので、自分なりの見解をここに記しておきたい。

五藤氏が主張している被害の内容は大きく2つで、1つは荒井氏による自身の書いた脚本への無断改変行為と、それを受け入れた監督とプロデューサーによる自身への背信行為。もう1つは適正な脚本料の未払い。

<五藤氏の脚本が無断改変されたことを知ったうえでの最終稿の決定>

監督の片嶋一貴に関しては、この件でほとんど落ち度はないように思う。
彼は脚本の執筆には一切関与していない立場であり、クランクインが真近に迫る状況で荒井氏から最終稿を提示されれば、それを決定するほかないだろう。五藤氏は荒井氏による無断改変に対抗する手助けを監督に求めたようだが、監督が言うようにそれは「五藤さん自身が荒井さんと話し合うこと」
だと私も考える。

ただし、監督と共に荒井氏の最終稿を受け入れたプロデューサーの寺脇研はこの件で落ち度がないとは言い切れない。監督と異なりプロデューサーは製作準備段階でスタッフ間のコミュニケーションが円滑に行われているかをチェックし、必要ならば調整する義務を負うと考えるからだ。彼のインタビューを読む限り、寺脇氏がこうした義務を遂行しようと努力したようには思えない。監督と同じ立場で荒井氏を信用し、任せきっていたというのが真相のように思える。

<荒井氏による五藤氏の脚本の無断改変>

これは脚本家同士の意見が対立した場合に、最終的な決定権はどちらがもつのか、という権利の問題として考えるべきだと思う。

まずこの最終決定権の所在について執筆前の段階で一切話し合わなかったのは、両者の致命的なミスだと思う。師匠と弟子の絶大な信頼関係がそうさせたことは想像がつくのだが、結果として、師匠は弟子の方が師匠の決定を受け入れると信じ込み、弟子は師匠の方が弟子の主体性を何よりも尊重するはずだと信じ込んでいた。

道義的な視点でいえば、いまだ脚本家としてはアマチュアだった五藤氏に
こうしたプロ同士の権利問題を意識して提案すべきと言うのは、少々無理がある。しかも相手は自身の脚本家デビューに尽力してくれる師匠なのだ。
かつて「KT」の脚本をめぐって監督と泥沼の争いを経験した荒井氏の方が
万が一の事態を想定しておくべきだったろう。そうした悪い予感が入り込めないほど、強い信頼関係があったのかもしれないが。

一方で映画ビジネスの視点からいえば、五藤氏は共同脚本の最終決定権に関して誤解をしていたと思う。

たとえ契約書に明記されていなくとも、共同脚本の最終決定権が荒井氏にあるのは明白だ。何故なら、荒井氏が共同脚本を担当することが条件で映画の製作自体がスタートしているからだ。そうであるなら、荒井氏が降板して映画のクレジットから名前を消すことはありえない。

いわゆるスタッフのネームバリュー=集客力の問題だが、当然、純粋な脚本家としての五藤氏の立場からは受け入れがたいだろう。しかし私は受け入れるべきだったと思うし、受け入れなければならないと思う。

相手が業界の大先輩で自分の師匠だからではなく、自分の脚本家デビューに尽力してくれた恩人だからでもない。そもそも「天上の花」という映画が、
彼女一人の脚本では製作できなかった映画だからだ。

その意味で私は荒井氏が五藤氏の脚本家としての権利を侵害したとして賠償を命じられた判決には賛成できない。荒井氏には師匠として五藤氏に対する道義的な責任はあるとしても、無断改変(荒井氏によれば「改訂」)という行為自体は、プロの脚本家としての責務を果たしていると思うからだ。

以上の理由から、私は五藤氏が最終稿のつもりで書いたと思われる第10稿の脚本を「本来なら映画になるべきだった著作物」だとは思えない。実際に撮影に使用された最終稿が荒井氏と五藤氏の共同著作物だと考える。

長文になりそうなので次回の投稿へと続く。


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