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名前はまだない何かを握りしめ

闇にのまれる
今の感覚

この静かな暗闇は休むにはちょうど良く、また自分の心と向き合う時間となる

私は陽だまりのような暖かさを
今は別の何かで置き換えて私の心の中にしまおうとしている

忘れていく日常の中で、思い出す時には平気だなと感じるようで、やはりどこかタイムラグが生じるが痛みはやってくる

その痛みをやわらげようと、他の人との交流でなんとか誤魔化している
そんな風に感じてならない

その時々のノリや縁が楽しさでもあり
虚しさでもある

そして、違いが刺激でもあり、好奇心を満たしてくれるには十分ではあるが、もどかしい

近くでみると、何やってるんだろう?とバカなことはやめたらいいのにと感じつつ、
遠く目を細めると、そんな時もあってもいいじゃない、1週間1週間であなたの心の動きがこんなにも違う経験をしているのだから
恋や愛の枠ではない何か楽しむということを感じようよ

と、どこか楽観的な余裕のある目線も持ち合わせているからなんとか、今この時をここに綴れているのだろう

相手の好意を受け取れない
というのは、期待に応えられないという罪悪感と気持ちが拒絶する板挟みになってしまう
この気持ち悪い感じは、もはや仕方ないのかもしれない

数人の方とメッセージをやりとりしていくと、待ち合わせてる空気を感じる

ジトジト、カラッ、パーン、グジグジ、ピシ
クリアさ、ピュアさを感じると気持ちが良いまのだ

これはもう自分の直感に従ってよいのではないだろか
むしろ、直感を働かす練習になってるのではないだほうか

こんなに無差別に人と接する機会はないから

文字情報、そして声だけでも十分に伝わるものはあると感じていることも発見したことをここに備忘として残したい

世界が違う方と話す機会を得た
安全を確認しながら近づく
それはわたしの好奇心をくすぐるものだった
興味そのものでしかない!
実際に話してみると、すごく同じ共通言語は持ち合わせて感覚のやりとりとしっかり通じることがわかった
私が、話してみたいと伝えたのはその方が初めてだ
今振り返ると随分大胆だなと感じるが、わたしの感覚は間違えていなかった
ますます虜 興味でしかない
実生活とかいうより、もはや感覚なのだ
その人が何をしてようとかまわないというか、全くその次元じゃないところでの興味

これはどう扱ったらいいのかわからない
いつもふざける人は私の周りにはいないタイプ
それが照れ隠しなのか周りへのやさしさなのか
おそらくどちらもだろう
それも分かった上で、もはや愛おしくさえ感じる

初めての人種への興味なのか、それともなんなのか、彼からの連絡をまちわびる行為やメッセージを送ることにドキドキしたりするその行為は、興味をベースとした好意、そしてそれは恋という錯覚なのだろうか

まあどちらでもよくて、この時間さえも楽しもうではないか、私よ

痛みは大事なあたたかいものに変化していけてるから心配しなくて大丈夫
きっと大丈夫

大切な人には変わりないのだから

友人なのか人間なのか
その愛に名前や形やカテゴリーするものはおそらくないが
ただ、私自身が実感として持ちたいものと変わりはないのだから

今日も読んでいただきありがとうございます
素敵な1日を

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