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5つの小さな物語-12ー「ピクニック」

「契約」

原宿の高級ブランドの本社が立ち並ぶ一角にそのモデルエージェンシーはあった。

加奈子がそこに顔を出したのは私と会った1ヶ月後のことだった。

「まるで巨人の森に迷い込んだ小人みたい」と彼女は言ったが、確かに170cmを越えるモデルたちに囲まれた加奈子は迷える森の小人そのものだった。

モデルたちは彼女をみて一斉に「かわいい」を連発し、気を良くした加奈子が自分のイラスト入りのストラップをみんなに配ったおかげで、その事務所の中はしばらく「かわいい動物ストラップ」をぶら下げたモデルに占領されてしまった。

その日の夕方、私は世田谷区にあるテキスタイルデザインの事務所に加奈子を連れて行った。セキュリティーのしっかりとしたその高級マンションの一室にその企業はあった。話で聞いていたような大きな会社には思えないこじんまりとした一室に通された。シンプルなダークグレーのソファに座って待っている間も加奈子は落ち着かずに部屋の中にあるイタリアの家具や飾られている絵を物色してウロウロと部屋の中を歩き回っていた。

しばらくして、ドアが軽くノックされた。あわてて加奈子はソファに戻ると直立不動で背中に木の棒が入っているかのように固まってしまった。

「お待たせしました」すらりと長身で眼鏡をかけた30歳ぐらいの男性と白髪の中肉中背の壮年の男性が入ってきた。

「は、初めまして。ふ、ふじき、藤木加奈子と言います」

緊張でガチガチになっている加奈子の背中を私は軽く叩いた。

「敬子ちゃん、この子かい?会わせたいって言ってたのは?」

「とにかく、まずは作品を見てもらわないとね」

私は加奈子を肘で小突くと、はっ、と気がついたように彼女は背中のリュックからタブレットを取り出した。

「えっと、今回はテキスタイルというので作品を集めておきました」

彼女は小さめのモニタをみんなが見えるように置くと、指先で操作を始めた。

やっぱり才能ある!私は心の中で呟いた。

入ってきた二人は、真剣な表情でモニターを見ていた。

「ちょっと待って」

メガネの男性が加奈子を静止すると壁面のロールカーテンを引き上げた。裏から大型モニターが現れた。彼はそのモニターに加奈子のタブレットに繋いだ。

「どうぞ、続けて」

加奈子の作品が大画面一杯に映し出された。その美しさや先進性、温かさが増幅されたように感じた。

一通り作品の紹介が終わって、なぜだかしばらく誰も喋らず沈黙があった。

「うん、良いね。どう思う?」

壮年の男性がもう一人の男性に意見を求めた。

「すごく才能を感じます。まだ技術的な拙さや荒削りなところはあるけれど、これらの作品がテキスタイルとして商品に反映されると思うとワクワクしますね」

「ということだ」

ニヤリと笑いながら壮年の男性が言った。

「もう一度ここまできてくれるかな?それまでに契約書を送るからよく読んで、納得できたら署名してくれれば良い。詳しい話は今度来られた時に説明しましょう」

その夜、私たちは祝杯をあげた。

酔っ払ってろれつのまわらない声で、加奈子は何度も「ありがとう」と言った。

その日から私たちは親友になった。

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