もしかぐや姫が女子高生で 僕が彼女に恋をしたら
熱を帯びた、小さなライブハウス。満足そうな顔で会場を後にしていく人たち。僕らのバンドメンバーもお客さんも、店長と顔なじみでみんな仲が良い。成功と言える形でライブが終わったものの、僕の気持ちはどこか冷めていた。
友人に誘われてギターを始めた。単純にモテたいからという気持ちも少なからずあった。しかしこれといった長所がなかった僕は、唯一夢中になれるものとして音楽にどんどんのめりこんでいく。はじめのうちは仲間と一緒に取り組むことが楽しかったが、徐々に話が合わなくなっていった。
このまま家に帰っても、やり場のない気持ちに悶々とするだろう。1人でギターが弾きたい。ここから少し歩いたところに、小高い丘がある。そして小さな公園がある。人通りはそれなりにあるが、静かで周辺の夜景が見渡せるところだ。そこに向かうことにした。
腰を下ろして、ギターを構える。新月で月は見えない。公園にはカメラを持った人がいて、夜にきらめく街の風景を撮影したりしている。僕は遠慮がちにギターを弾き始めた。
しばらくすると彼女は荷物をまとめだした。帰ることにしたようだ。僕の横を通り過ぎようとしたとき、見覚えのある顔だということに気付いた。
「あ・・・ども。」
どういう反応をしたらいいか分からず、とっさに出た言葉。
彼女は少し驚いて、軽く会釈をして通り過ぎていった。
彼女が去ってから思った。僕が一方的に知っているだけで、彼女は僕のことを知らないのだろう。
竹井は、同じ学年の美人として密かに有名だった。平安時代の貴族を思わせるような、真っ黒でストレートなロングヘア。白い肌で、小柄だった。高嶺の花という存在だったが、どこか守ってあげたいようなところもあった。
教室ではおとなしく一人で本を読んでいるらしい。祖父母と暮らしていると聞いたが詳しい事情は知られておらず、何だかミステリアスなオーラがあるのも人気の理由だった。
ところがカメラを持っているときの彼女は、撮影の邪魔にならないように長い髪を全部アップして頭のてっぺんでまとめていた。髪型が全然違うのと、薄暗くて顔が見えづらかったのとで近くに来るまで分からなかった。
その後も僕は、時々その公園に行ってギターを弾いた。憂鬱な気持ちをどうにかしたいときもあれば、なんとなくギターが弾きたくなって行くこともあった。彼女も毎日そこに撮影に来ているわけではないので、たまに会うという程度。日によって月は姿を変える。星空も、街の明かりも。三日月の撮影をしたら、上弦の月になった頃にまたやって来るという具合だった。
はじめのうちは彼女がいると気にしながら演奏していたが、しばらくすると気にならなくなった。というのも、彼女はカメラに集中していてこっちの演奏なんてまるで聴いていないようだったからだ。
かわいい写真の裏で、本気のカメラ女子の撮影の様子はなかなかヘビーだと聞いたことがある。彼女を見ていたらそれがよく分かる。Gパンにスニーカー姿。夜露に濡れた花を撮るために地面に這いつくばっていたこともある。
まとめているところからパラパラとはみ出している髪もあったが、おしゃれでしているのか、写真撮影をしているうちに崩れているのか分からない。だんだん僕は、少しくらい演奏を聴いてくれてもいいのにという気持ちになってきた。僕だって、多少はギターの実力があると言われているのだから。
「同じ学校の人だったんですね。校内で見かけました。」
やっと気づいたか。やっぱり僕のことを知らなかったんだ。そりゃあ僕は、君みたいに有名人じゃないけど。
「そうそう、同じ学年で。カメラ好きなんですね。」
当たり障りのないことを言ってみた。
「そうですね。はい。」
この日の会話はこれ以上は続かず、これで終わった。
それからもこれまで通り、僕は竹井がいても気にせずギターを弾いていたし、竹井も相変わらず黙々と写真を撮っていた。その時間が居心地良かった。そして、会うと挨拶くらいはするようになった。
「カメラを始めたきっかけって何ですか?」
何気ない会話からそんな話になった。
「まぁ、父親の影響で。父も夜景をよく撮るので。」
「え、へぇ・・・」
祖父母と暮らしているという話だったが、父親がいるんだ。思いがけない答えに少し焦った。
「お父さん、カメラの仕事をしている人なの?」
「どうなんでしょうね。色々やってるみたいで、何してる人なのか私もよく分かんなくて。」
不思議な気もするが、僕も両親が仕事で何をしているのか、詳しく説明しろと言われても説明できない。
「木下くんはどうしてギターを始めたんですか?」
「端的に言うと、友達に誘われたから。」
「そっか。一緒にバンドやってる人も誘ってくれた友達?」
「まぁね。」
「仲良さそうでいいですね。」
「確かに仲はいいんだけどなぁ。最近、方向性が違うのかなって思い始めてる。」
「そうなの?」
「進路の話とかしても、大学生活遊びたいなら文系の方がいいとか、就職に有利なのは理系だとかいう感じで。俺は大前提、高校卒業したらもっと音楽をやりたいということなんだけど。」
「そうなんだ。」
「なにかこう、違うのかなと感じながら続けるよりは、バンドを抜けた方がいいのかなと思ってないこともないというか。」
「ええっと・・・私は単独行動でカメラやっているから、そういう悩みがあるのがむしろ羨ましいなと思うんだけど。」
「いやそっかぁ?」
「ごめんね、あまりいいこと言えなくて。」
「いやいや、ありがとう。」
竹井は普段あまり人と話さないらしいが、次第に話すことも増えてきた。今日はかなり話した気がする。内心かなりうれしかった。
ふと思いついて、竹井の写真を検索してみた。カメラをやっている人なら、撮影した写真をどこかに投稿しているんじゃないか。本名で探したが見つからなかった。姓だけ、名だけなど、ぱっと思いつくような名前で探してもない。あの公園をはじめ、他でも撮影していると聞いた場所名や位置情報でも探してみたが、やはりなかった。
「撮った写真ってさ、どこかに投稿してる?」
撮影も終わったようだし、声をかけた。アップした髪はほどかれて、ゆるく後ろでひとつ結びにされている。それまできつくまとめてられていたので、ウェーブがかかっている。
「公開はしてないなぁ。」
「じゃあ、撮った写真ってどうしてるの?」
「特に何もしていないけど。両親にはたまに送ってる。父からは写真のダメ出しばっかされてるけど。」
「え、ご両親とはたまに連絡を取りあうような状態?どこにいるの?」
突っ込んだことを聞いてみた。
「遠いところ。生存確認も兼ねて送ってるって感じで。」
竹井はいたずらっぽく笑った。やはり謎だ。
「そういえば竹井が撮った写真、見たことないなと思って。どこかで見れる?」
「あ、それなら今見せるよ。」
カメラを取り出し、何やら設定している。保存されている写真をカメラの画面で見えるようにしているようだ。
「こんなのとか。」
横に並んで、画面をのぞき込んだ。
「え、これマジ上手いじゃん。」
暗い中で画面で見ただけだったが、想像していたよりもはるかに美しい写真だった。
「そうかな・・・」
次の写真、次の写真と画面を切り替えていく。
「いやいやいや・・・」
賞賛したいのだけど、語彙力のなさ。
「人に見てもらうことがあんまりないから。こんなリアクションされるとは思わなかった。」
小さな子どもが母親に褒められたときのように、竹井はうれしそうに笑っていた。
「竹井って、将来カメラマンになりたいとか考えてるの?」
ひと通り写真を見せてもらったあとに聞いてみた。
「今は先のことまで想像できないっていうのが本音かな。自由にのびのび暮らせたらいいなぁ。」
案外、平穏な回答だな。
「木下くんは?高校卒業しても音楽は続けるんだろうけど。」
「そりゃあ・・・色々考えてるけど。もっと上手くなりたいし、もっと大きなステージに立ちたい。」
竹井は満足そうに聞いていた。そして小さな手でグーを作って僕の方に向けてきた。僕も握りこぶしを作って、小さな手に突き合わせた。
今日は竹井来てないなと思いながらギターを弾いていたら、珍しく長い髪を下ろして、いつもと雰囲気の違う私服でやってきた。
「どうした?カメラは?」
カメラも持って来ていない。
「渡したいものがあって。」
何だろう。
「誕生日が近いから、誕生日プレゼント。」
「え、なんで俺の誕生日知ってるの?」
「バンドの情報調べたら書いてあった。」
確かに、誕生日は載せてある。
「大したものじゃないけど。」
カバンから現像した写真を撮り出した。
「う・・・わぁ、これ、だいぶ大したものだけど。いや自分で言うのもだけど、かっこいい。」
それは、僕がギターを弾いている写真だった。いつの間に撮っていたのだろう。空には三日月。背景にはここから見える夜景が広がっている。気付かれないように離れたところから撮影されているのだが、絶妙な角度でギターを奏でている僕が写っていた。
「これ、いつかアルバムのジャケットとかにできそう。良ければデータも欲しいな。連絡先教えるから、送ってくれる?」
「いいよ。そしたら他にも撮った写真、何枚か送るね。」
やっと・・・連絡先交換できた。
「写真、もし何かに使ってくれるんだったらうれしいなぁ。でもこれ、バンドの写真には使えないね。木下くん1人しか写ってないから。」
「まぁな。ひとまずはプロフィール写真にするか・・・いやいつかソロで何かするときのためにとっておくか。悩むな。」
「それじゃ、いつの日か・・・写真がお役に立てるときを楽しみにしてるね。」
その日の光景を見つめているようで、黒い瞳が潤ってきらきらしていた。満月の光で、長い髪がよりいっそう輝いている気がした。
ほどなくして、竹井は学校に来なくなった。
もっとはっきりと言うと、失踪した。僕の誕生日が来る前に。
連絡してみると、即座に返信があった。あまりにも早いからダメだろうと思いつつも、万が一と期待する気持ちもあった。でもやはり、送信先不明のエラーメッセージだった。
竹井が住んでいたというところに行ってみたら、人目を避けるような場所にある1人暮らし用のアパートだったらしい。今になって思えば、人と距離を置いていたのも必要以上に自分のことを知られたくなかったからだろう。何らかの問題を抱えていたのか、もしくは問題が解決したからいるべき場所に戻ったのか。
公園に来て、ギターを取り出す。もっと上手くなりたい、大きなステージに立ちたい。自分で言った言葉を自分に言い聞かせる。弦をはじく。音が響く。懸命にファインダーをのぞき込む彼女の姿を思い浮かべてみる。手を止めて、彼女が残してくれた写真を見つめる。
もしも彼女がかぐや姫だったら。月に帰る際に、これまでの記憶を全部忘れてしまうんだったっけ。竹井は、僕のことを覚えていてくれるだろうか。自分の存在を示したくて、粋がってギターをかき鳴らしていた僕を。
ふと、メッセージの受信を知らせる通知があった。どうも通知があるたびに、ひょっとしたら竹井じゃないかと思ってしまう。
確認すると、バンドのメンバーからのメッセージだった。相談したいことがあるという内容だった。
photo by koniphoto
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