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【KX物語 第8話】kさん、「KXメガネ」の結果を見て、やっぱり、と思う。

「終わりました!」
 変なメガネを外したkさんは、カウンターの奥で物思いにふけっているマスターに声を掛けます。マスターは、横目でkさんを見て、少し微笑みました。カウンターを出て、kさんの方に近寄ってきます。
「いかがでしたか?」
 目の前の席に腰を下ろしながら、マスターは問いかけます。そのまなざしは、なんだかかなり興味深げです。先ほどまでのまなざしと、何か少し違います。
 マスターのストレートな問いかけに、適切な答えが見つからないので、kさんは視線を落とします。そして視界に入ってきた腕時計の時間を見てびっくりします。
「えっ、まだこんな時間ですか?」
 みると、部長会報告のミーティングが始まった時刻から、まだ10分ほどしかたっていません。
「結構長い時間かけていたと思うんですけど、、、」
 独り言のように言いながら、kさんはまた視界に入ってきた別のものに心をとられます。それは、PCに接続されているイヤホンです。小さく音声が聞こえます。
・・・そうだ、聞いていなきゃいけないところで、思わずやめちゃったんだ。やばい、、、
 慌ててイヤホンをとり、片方の耳に当てます。担当している事業部の報告はまだ始まっていないようです。kさんは、マスターに頭を下げながら、右手を軽く挙げました。そして、もう片方の耳にもイヤホンをして、音量を上げます。
 マスターは、ひと呼吸おいて、席を立ち、またカウンターの中に戻っていきます。
・・・申し訳なかったかな、「終わりました!」って声を掛けて、呼びつけたみたいな形にしてしまったのに、、、でも、穏やかな表情で席を離れたから、大丈夫かな、、、それにしてもなぜだろう。かなりの時間がたっているはずだけど。30分は行かないかもしれないけど、でも、15分とか20分とかはたっていておかしくないよなあ。
 耳から聞こえてくる音声は、kさんが担当している事業部の報告に移ります。例のサービスの販売数が伸び悩んでいること、来月から販促キャンペーンを行う予定であることが報告されます。kさんの直属の課長も、部長の話に応えるように、キャンペーンの方向性をかいつまんで話します。
・・・あーあ。共有されちゃったよ。ま、決まってるんだから仕方ないよね、、、
 そう思いながらも、今日の定例ミーティングで感じたもやもやが自分の中で増しているのを感じます。そのもやもやは、ただ増しているだけではありません。先ほどのもやもやは、会社が決めたことについて、でしたが、今は、「仕方ないよね、、、」と思っている自分自身にも、もやもやを感じているのです。
 話が、次の事業部の報告に移ると、kさんはイヤホンを外します。いつもは最後まで聞き続けるのですが、心はもうそこにはありません。
「すみませんでした!」
 そうマスターに声を掛けて、今度はこちらから立ち上がってカウンターへと向かい、マスターが立っているすぐ目の前の席に座ります。
「もやもやしてます」
 席に着くなり、kさんはそう口にします。そして、マスターと視線をあわせます。マスターは、何も言わずにkさんのまなざしを受け止めています。
「なんだかとてももやもやしています」
 kさんは繰り返します。マスターは穏やかな表情ですが黙ったままです。その眼は、kさんが話し出すのを促しているようです。沈黙に耐えかねて、kさんは話し出します。
「「そうとはいえない」と「全く違う!」ばっかりでした。時々「その通り!」もありましたが、それは質問がへんなやつ、、、っていうんですか、「その通り!」ということは、ダメだ、という風に解釈できるようなやつのとき、だけでした」
 そこまで話すと、両手を広げて首を左右に振ります。すると、マスターが話し始めます。
「・・・そうですか。それで、もやもやした、と」
 そこで一度話すのを止めると、マスターは身体をkさんに近づけてきます。
「じゃあ、それまでは、もやもしていなかったんですか?」
「いや、してました。もやもや。この店に来る前に、お昼過ぎに会議があったんですけど、その時ももやもやしてました」
「そのことを思い出した、、、っていうことですか?」
「うーん、、、そのことも思い出しましたけど、他にもいろいろと思い出しました」
 マスターは、大きく頷いてから話を変えます。
「一番心に残っている質問、覚えていますか?」
「はい。最後に選んだやつですよね。真っ先に選んだのは、『演技している』みたいなことが書いてあったやつです」
「・・・そうですか。わりと珍しいパターンですね」
「そうなんですか、、、っていうか、あのヘンなメガネ、何なんですか?」
  kさんの問いかけに、マスターは近づけていた身体を少し離します。そして、その問いかけには応えずに、kさんが座っていた座席の方を手で示します。
「あの道具箱、開けてみてください。メガネをかけた結果が、もう届いていると思います」
「結果?」
「はい。2枚の紙になっています」
 kさんは、すぐに立ち上がると足早に元のテーブルに戻ります。そして、テーブルの隅にある例の箱を開けます。慌てて開けたので、中にはいっていたものがいくつか飛び出してしまいます。その中に、4つ折りにたたまれた紙がふたつあります。kさんは、そのひとつに手を伸ばすと、マスターの声が飛んできます。
「そっちじゃなくて、もうひとつの方を先に見てください」
「なんでそんなことわかるんですか。見た目一緒ですよね」
「わかるんです」
 苦笑いしながら、kさんはもうひとつの方の紙を手に取って、広げます。目に入ってきたのは、サクラの花みたいな形の図です。5つの花びらの先端の先には、メガネをかけている時に聞こえてきたキーワードが入ったこんな言葉が配されています。

 わがままセントリック
 旅の仲間バラエティ
 つながりリデザイン
 想いドリブン
 変態インフィニティ

 そして、その上には、こんな文字が書かれていました。

 KX Score : -73

 -73という数字が何を意味しているかはよくわかりません。でも、あまりよくない状態を表わしているのだろう、という感覚はありました。5つの花びらの大きさは、よく見ると微妙に違います。「想いドリブン」「つながりリデザイン」は、やや小さめに見えます。
「おーー、なかなかのスコアですね」
 気がつくと、マスターが横に立って紙を覗き込んでいます。
「何ですか、勝手に人のものを」
「見られて何か困ることでもあるんですか?」
「いやいやいやいや、断りもなしに覗くのはダメでしょう!」
「確かにそうですね。失礼しました」
 そういいながら、マスターは目の前に座ります。なんだか楽しそうな表情に見えます。そして、例の小さな箱の中に手を差し入れます。取り出したのはやや大きめのタブレットです。
・・・なんで出てくるんだよ。どう考えても、箱よりそのタブレットの方が大きいだろ、、、やっぱりなんかおかしいぞここは。
 そんなマジックのような所作に気を取られているkさんの目の前に、マスターはタブレットを置きます。画面に映し出されたマークは、kさんがお店の外で見た看板の模様と同じものです。蝶のマーク。その隣には蝶になる前の蛹のマーク。そのマークを改めて見て、kさんはハッとします。KXと読めるのです。

 その画面をマスターはスワイプします。今度はKXという文字が浮き上がってきます。マスターが話し始めます。
「あのヘンなメガネ、何なんですか?、、、っておっしゃいましたよね。KXメガネ、っていいます。じゃあ、KXって何なのか。それを、これからご説明します」

(つづく)


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