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「ライフシフト」って、何だろう?

 「ライフシフト」という言葉が、じわりと広がっています。

 青森県は、2022年度(令和4年度)からの3か年事業として「ライフシフト人財育成事業」に取り組んでいます。「人生100年時代」と言われる超高齢化社会の到来を見据え、人口減少が続く地域の活性化のためには、定年などで仕事を離れた後もすっかり引退してしまうのではなく、積極的に地域の活動に関わり、地域を活性化しようとする人達を「ライフシフト人財」と名付け、地域全体にそうした意識を広めて行こうとしています。
 
福岡市は、同じく2022年から「女性のためのライフシフトセミナー」を開催しています。「男女共同参画社会の形成」という行政の大きなテーマを推進するために、福岡市でも「女性のための起業セミナー」には、長年取り組んで来ていますが、「起業」という言葉には、まだまだハードルの高さがあるため、もっと裾野を広げ、「起業」を含む柔軟で多様な新しい働き方を志向する女性達を応援しようという目的で始まったセミナーです。こういった取り組みにも「ライフシフト」という言葉が使われる様になっています。

企業の受け止め方にも変化が見られます。
私たちライフシフト・ジャパンが活動を始めた2019年頃、企業の人事部門の人達からは、「ライフシフトという言葉は、ちょっと“遠心力”が強くて、人事としては使い難い」という反応が主流でした。いわゆる「肩たたき」的なイメージで捉えられていたんですね。
ところが、最近は、企業内で「ライフシフト・セミナー」や「キャリア×ライフシフト」をテーマとしたワークショップを実施する動きも広がって来ています。
また、定年が近づいて来た社員に対して、従来から行なって来た「マネープラン研修」に加えて、「ライフシフト研修」を実施するケースも見られます。
 
「ライフシフト」という言葉の捉え方が、少しづつ変わって来ている様です。

「ライフシフト」という言葉は、不思議な言葉です。
「ライフ(人生)」を「シフト(場所・方向・状況などを変える)」する。それは、一体、何を意味しているのでしょう? 
このマガジンでは、未だにその言葉の意味が社会的にオーソライズされていない「ライフシフト」という言葉を巡る思索の旅に出ようと思います。
 
そもそも「ライフシフト」という言葉は、日本で2016年秋に発行された『LIFE SHIFT (ライフシフト) 〜100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット共著:東洋経済新報社刊)という書籍のタイトルとして生まれました。「人生100年時代」という時代認識を日本全体に広げるきっかけとなり、数多くのメディアに取り上げられた大ヒット書籍については、この文章を読んでいる人はすでにご存知のことと思います。
「ライフシフト」を巡る旅はここから始まった訳ですが、この言葉が実に様々な解釈で使われる様になった原因もまたこの本のタイトルにあります。
書籍『ライフシフト』の原書のタイトルは『THE 100-YEAR LIFE』。まさに「100年人生」というタイトルであり、「ライフシフト」という言葉は使われていません。
実は、「ライフシフト」という言葉は、日本の出版社が付けた書籍タイトルで、著者であるリンダ・グラットン達は、原書の中ではこの言葉を一切使っていないんですね。もしかすると、著者達も日本の出版社からこの言葉を提示された時には、ちょっと戸惑ったかもしれません。だから、この言葉には、元々、「定義がない」わけです。
出版社がこの言葉を思い付いた背景は、著者の一人であるリンダ・グラットンの著作の流れにあると思われます。リンダ・グラットンは、2012年に『WORK SHIFT(ワークシフト)〜孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』(プレジデント社刊)という名著を出版しています。その後、2014年に『未来企業 〜レジリエンスの経営とリーダーシップ』、そして、2016年に『ライフシフト』と続きます。
『ワークシフト』は、2025年までの様々なトレンドから予測される働き方の未来を考察した本で、とても良く売れました。だから、この本にあやかって「“ワークシフト”の次は“ライフシフト”でしょう!」というアイデアが出たのだと思います(確認はしていませんが。笑)。
働き方の未来をテーマとした『ワークシフト』は、原題が『The Shift』というタイトルで、『ワークシフト』という日本語版のタイトルは、比較的自然なアイデアだと思います。一方、『THE 100 YEAR-LIFE』というタイトルから『ライフシフト』という言葉は、なかなか思い付かないネーミングでしょう。やはり、『ワークシフト』があったからこその『ライフシフト』だったのだと思います。
 
ところが、この様な経緯で登場した「ライフシフト」という言葉は、日本人に実に様々なインスピレーションを起こす不思議なパワーを持っていた様です。
 
その要因は、日本人の意識の中に「私たちは、そろそろ“ライフ”を“シフト”する必要に迫られているのではないか?」という潜在的な危機感があったからではないかと思うのです。書籍『ライフシフト』は、世界中で話題となりベストセラーになりましたが、その中でも日本での売れ行きや話題性は圧倒的だったといいます。それは、この本が提示した「人生100年時代」というコンセプトや内容以上に、「ライフシフト」という言葉が日本人の潜在的な危機感に火を点けたからではないでしょうか?
 
誰もが知るように日本には、昭和時代に確立された「日本的雇用システム」と呼ばれる雇用慣行があります。1990年代のバブル崩壊以来、この日本的雇用システムの“限界”や“崩壊”が叫ばれ続けて来ましたが、「失われた30年」を経ても、未だにその岩盤は確実に残り続けています。「ライフシフト」という言葉は、この日本的雇用システムに象徴される、“変わらない日本”、“変わることが出来ないニッポン”に対する不安や危機感を呼び起こした様に思うのです。
(続く)

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