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【KX物語 第13話】kさん、「KXの設計図」という宿題をもらって、店を追い出される。

 テーブルの上に置かれた紙。5つのコンセプト、25のゴールが一覧化されていて、その中の5つの項目にチェックがつけられています。チェックがつけられているのは、このフレーズです。

 《会社の一員》というレッテルを剝がそう。
 自分を感じよう。自分を信じよう。
 ひとの人生に口出ししよう。
 未来を見よう。変わり続けよう。
 未来の話をしよう。青臭い話をしよう。

 そして、一覧の下には、短い文章が載せられています。

 あなたが最後に「大切!」「気になる!」
 「何とかしたい!」と思って選んだ5つの質問。

 その選択には、あなたの想いが隠されています。
 そして、その想いはチェックのついた
 5つのフレーズに現れているはずです。
 あなたは、職場を、チームを、そしてカイシャを、
 こんな場にしたいと思っているのではありませんか? 
 チェックされていないフレーズの中にも、
 「これだ!」というフレーズはありますか?
 あなたならではのKXゴールを見つけてください。
 
 穏やかな笑みをうかべたまま、その紙を覗き込んでいたマスターが、その顔をあげます。
「・・・この5つのフレーズ、どうですか?  Kさんの想いがきちんと現れていますか?」
「・・・そうですねえ。言われてみれば、そうかもなあ、という感じですかねえ」
「特にピンとくるものはありますか?」
未来を見よう。変わり続けよう。というのと、未来の話をしよう。青臭い話をしよう。というのは、そうだよなあ、と思いますね。さっき、このフレーズをiPad、、、かな? で見せてくれたときに、気になるな、と思っていましたし、メガネかけながら感じていたことともつながっていますし」
「つながっている? どういう風にですか?」
「変態のところを答えた時に、自分は変わっていないな、って思ったんですよね。いい感じで変わっている人もいるのに」
「なるほど。変わらなきゃな、と思ったんですか?」
「・・・うーん、そこまで思ったかな。変わってないよね、きっと自分のせいかもね、ぐらいですかねえ」
「・・・変わりたいですか?」
「・・・うーん、そうですねえ。変われるものならば」
 kさんの、少し腰の引けた答えを頷きながら聴いていたマスターは、いきなり席を立ちます。そしてカウンターの方に歩き出しながら、話を続けます。
「青臭い話をしよう、の方は、どうつながってるんですか?  どんなことを思っていたんですか?」
 そう問いかけながら、カウンターの中に入り、何かを書き始めています。書きながら、kさんへの問いかけを続けます。
「・・・どうですか? ちゃんと聞いていますから」
「ああ、はい。・・・いや、今の部署に異動してきた時に、結構青臭い話したな、って思い出してたんですよ。さっき少し話しましたけど、、、」
「そうか。最初はワクワクしてたのに、っていう話ですね」
「そうですね。結構いいこと言ってたんですよね。私も、なんか語ってたなーって」
「なるほど。実感あり、ですね。他の3つはどうですか?」
「・・・ええ、これもなんとなく気になるフレーズでした。さっき見ていた時に。でも、これ、具体的にはどういう意味ですか? わかるようなわかんないような、、、」
「・・・最初が、《会社の一員》というレッテルを剝がそう。でしたっけ?」
「そうです」
「・・・kさんは、今どんな部署にいるんでしたっけ?」
「・・・マーケティングの部署ですね」
「何という部署名ですか?」
「マーケティングユニットマーケティング推進チーム、です」
「まさにその部署の一員なわけですよね」
 そういいながら、マスターはカウンターを出て、またkさんの座っているテーブルへと戻ってきます。目の前の座席に座るのを見届けて、kさんは返事をします。
「・・・はい」
「マーケティング推進をする人なわけですよね」
「・・・はい」
「じゃあ、kさんはマーケティング推進しかできない人なんですか?」
「・・・いや、まあその前は営業してましたし、、、前の会社では販売の仕事もしてましたし、、、」
「ですよね。色んな事が出来たり、色んな一面を持ってますよね。でも、会社の中では、マーケティング推進チームのkさん、なんですよね?」
「・・・なるほど。そういうレッテルで人を見るのをやめよう、ということですか」
「その通りです。カイシャって、会社がその人に託した役割で、その人を縛りたがるんですよね、、、これは、あるとっても有名な空調メーカーの人が言っていたことなんですけど」
 そこまで話すと、マスターはテーブルに1枚の小さな紙を置きます。レシートです。といっても「ホットコーヒー ¥500」と手書きで書いてあるだけの紙です。マスターは、そのレシートを、今置かれているKX Goalsのシートの前に持っていきます。
「そろそろ閉店のお時間となっておりまして、、、」
「そうなんですか!?」
 あわててkさんは腕時計を見ます。18時を回ったところです。
「早いですね」
「はい。次がありまして、、、」
「次?  ご予定があるということですか。営業時間は決まっていないということですか。柔軟な運営の店ですね、、、でも、、、ちょ、ちょっと待ってください。この話の続きはどうなるんですか? 中途半端に、、、」
 と勢い込んで話しかけるkさんを右手で制した上で、マスターは例の道具箱に手を突っ込みます。すぐに見つからないのか、手を箱の奥の方まで入れています。いや、奥の方を通り越しています。その箱の大きさよりもずっと先の方までマスターの手は入り込んでいます。
・・・何だよまた手品かよ。手は異次元空間に行ってるのかよ、、、やっぱりこの店ヘンだよ、、、
 ようやく目当てのものを探し当てたのか、マスターは手を箱の中から出します。その手にあるのは、また4つ折りの紙のようなものです。ですが、先ほどまでの紙とは素材が違うせいか、ずいぶんと白く見えます。
「このシートを差し上げます。このシートに、、、、」
といいながら4つ折りのシートを開くと、そこには何も書かれていません。マスターは、そのシートの折り目を伸ばしながら、
「kさん自身のKXの設計図を描いてほしいんです」
といって、もう1枚のKX Goalsに右手を伸ばし、チェックのついたフレーズに触って、その手を何も書かれていない紙に戻します。すると、何もないところにそのフレーズが映し出されます。その動作を繰り返し、5つのフレーズを白紙のシートに写していきます。
・・・何やってるんだまたヘンなことを。
「いえいえヘンなことなんかじゃないですよ。kさんにもできますから。このフレーズ以外にも、『これだ!』って思ったフレーズはありますか?」
「・・・ええ、、、」
「じゃあ、そのフレーズに右手の人差し指と薬指を置いてください」
 kさんは、胡散臭そうな表情でマスターを見ますが、マスターは穏やかな表情のままでkさんを見つめています。kさんは、恐る恐る右手を伸ばして、「人生の主人公は自分」と囁き続けよう。と書かれているところに人差し指と薬指を置きます。マスターはその動作を見届けると、こう言います。
「・・・KX、って小さく呟いてください」
「そんな訳の分からない、、、」
「・・・大丈夫です。できますから。人に聞こえないぐらいの小さい声でいいですよ」
 kさんは、諦めて、「KX」と呟きます。その瞬間、右手に何かが吸い付いたような感触があります。
「・・・そのまま手を放して、、、、はいそのままこっちの紙に、、、」
 マスターの指示の通りにシートに手を置くと、 「人生の主人公は自分」と囁き続けよう。というフレーズが写し出されます。
「・・・夢だな、これはきっと。いつの間にか夢を見てるんだな、私は、、、」
「いえいえ、夢じゃありませんよ。現実です。他にはありますか?」
 言われるままに、kさんはもう一度、KX Goalsに右手を伸ばし、一人ひとりが“想い”に気づける場にしよう。というフレーズに人差し指と薬指を置き、小さく「KX」と唱えます。再び何かが吸い付いたような感触が右手に走ります。その手をシートに戻すと、このフレーズも写し出されます。
「これでOKですか? もうありませんか? はい。では。このシートに、7つのフレーズの自分の中での大きさとか位置づけを、絵にして表わしてみてほしいんです。例えば、これはとても大きい、とすると、、、」
 そういって、マスターは自分を感じよう。自分を信じよう。に右手を置きます。
「今度は、人差し指と中指です。で、小さくKX・・・」
 そしてマスターは指と指の間隔をぐっと広げます。フレーズがかなり大きくなります。
「で、これとこれはまあまあ大きい、とすると、、、」
 そういって、マスターはひとの人生に口出ししよう。《会社の一員》というレッテルを剝がそう。に右手を置き、今度は指と指の間隔を少し広げます。フレーズが少しだけ大きくなります。
「で、ですね。この7つは、たぶん相互に影響を及ぼしあっていると思うんですよ。kさんの中で。因果だったり、相互に影響を及ぼしていたり、、、」
 そういいながら、マスターは7つのフレーズの位置を変え、その間に矢印を書き込んでいきます。
「位置を動かすのは人差し指と中指でOKす。矢印は、小指だけで描けます。消すときは親指です。合言葉はみんな同じ。小さくKX、、、です」
 そこまで早口で話すと、マスターは席を立ち、テーブルの上のコーヒーカップを持ってカウンターの方に足早に進みます。
・・・急いでいるみたいだな、、にしても、こんな手品みたいなこと、、、
 呆然としながらも、kさんは手元のシートに右手の人差し指と中指を置き、あるフレーズを大きくしたり、動かしたりしてみます。
・・・出来るな、、、
「そろそろすみません。本当に次があるので、お店閉めさせてください」
「わかりました。じゃあお勘定、、、」
 kさんは、慌てて席を立ちあがります。帰り支度は、バッグにPCと今もらった2つの紙とシートを入れるだけです。カウンターに行き、財布から1000円札をだしながら、マスターに尋ねます。
「・・・で、さっきのシートを仕上げて、いつか持ってくれば、続きをしてもらえる、ということですか?」
「その通りです。いつでも結構です。次は、どこで会えますかねえ・・・」
「どこ、、、って、ここに決まってるじゃないですか」
 kさんの憮然とした表情に、これまで通りの穏やかな笑みを返したマスターは、500円硬貨をkさんに渡します。そのおつりを受け取ると、出口に向かいます。ドアに手をかけようとしたその時、マスターの声が飛んできます。
「kさんのこれまでの仕事人生を、しっかり振り返ってくださいね。どんなことをしてきたのかもそうですが、何を大切にしてきたのか、kさんにとって仕事とは何だったのか、ということもしっかり思い出してください。そうすると、いい設計図が描けますから」
 kさんは、わかったようなわかんないような表情で頷き、店を後にします。階段を駆け上がり、自宅のある方向へと向かいながら振り返ると、入ってくるときにはあった店の看板がなくなっています。蝶の絵柄が、です。不審に思って立ち止まったkさんは、再び店の前に戻ってきます。そして階段の下を見て呆然とします。先ほど出てきたばかりの木製の扉はそこにはありません。そこにあるのは、ゴミ置き場と書かれたスチールの扉です。
 kさんは、スマホを取り出します。設定からWifiを開き、感知できるネットワークを探します。しかし、さっきまでは感知できていたPapillon2025はどこにも見当たりません。
 Kさんはしばらくの間、そこに佇んで、階段の下を見つめています。しかし、いつまでたっても、見える景色は変わりません。店は消えたままです。
 大きくため息をつき、上空を見上げると、まだ明るい青空を青い蝶が横切るのが見えます。その蝶は、とても優雅に、そしてとても速いスピードで空に溶け込んでいきました。

(つづく)


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