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【藤田一照仏教塾】道元からライフデザインへ(19/04)学習ノート①

藤田一照さん(曹洞宗僧侶)が主宰して2015年度から行われている、仏教で自己を学ぶ場・人生に仏教をEngageする稽古の試み、「藤田一照仏教塾」。その第5期、

「道元からライフデザインへ - Institute of Dogen and Lifedesign」


が始まり、その第1講に参加してきました(2019年4月27日@墨田区みどりコミュニティセンター)。

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〔一照さん&桜井肖典さん(一照塾"ゼミ長")からのごあいさつ〕
昨年10月に行われた、昨年度の一照塾「移動する学林 - Lifeshift Village」2018年度最終講が終わったあとの帰り道で、一照さんは桜井さんに「来年は禅をやろうよ」というアイデアを話しました。


(なぜ一照さんは2019年度の塾で"禅"を取り上げようと思ったか)


この塾の当初から、

「"仏教を学ぶ"というよりも、仏教や禅を「補助線」として、自らの人生を探究する学びの場」


というコンセプトで行なってきて、これまでの試みで仏教の全体的なアウトライン(マインドフルネス、禅、チベット仏教など…)を大まかにでもつかむことができたので、この塾も5年目になることでもあるし、そろそろ禅に取り組む時期になった。

(参考) 2015年度一照塾のテキスト(邦訳)


(参考) 2016年度一照塾のテキスト


(参考) 2017年度一照塾のテキスト


(参考) 2018年度一照塾のテキストは、通称「青虫本」


(桜井さんの今季の塾への想い)
道元さんは1200年生まれ、時代が変わろうとしている中に生きていた。
「弁道話」は、日本で曹洞宗という宗門を新たに興すにあたっての"宣言書"だが、宋での修行から日本に帰ってきてしばらくは、すぐに新しい宗派を興さないで、初めて仏教に関わりはじめたころからの疑問をずっと持ち続けて雌伏していた。
「弁道話」を取りまくそのような状況、道元さんのそのような態度は、ちょうど今の時代の変化のタイミングと呼応するものがあるのではないか。
だとしたら、その時の道元さんは「弁道話」の中でなぜこの言葉を選び、なぜこの言葉は選ばなかったのかを、一照さんに「現代語訳」して伝えてもらおう…とリクエストした。

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〔今季の仏教塾の概要〕
1. 毎月一度、4月から7月を「前期」として東京にて、9月から12月を「後期」として京都にて開講される。
2. 午前11時から午後4時30分頃までの講義時間のうち、前半は座学として、今季は曹洞宗開祖・道元禅師の著作を講読する。
3. 前期では、道元さんの最初期の著作、日本において曹洞宗という宗門を開くにあたっての「立宗開教のmanifesto(宣言書)」ともいわれる『辨道話』を読む。

4. 後期には、修行僧が仏道を修行する際の心得を十則に示した『学道用心集』を読む。

5.講義後半には、身心相関的ソマティックワークとして、

『感じる力でからだが変わる:
新しい姿勢のルール』
(メアリー・ボンド著、春秋社刊)


を参考に、世界三大ボディワークのひとつといわれる「ロルフィング」の理論を基に、この本の英語タイトルの副題にあるように「現代生活の中でどのように坐り、立ち、動くか」を新たに学び直すワークを、「静」と「動」の両面から実修する。

6. 塾生には、次回講義までの間に普段の日常生活の中で取り組んでくる「homework」が渡され、取り組みの中で感じ考えたことを、次回開講の際にシェアする。


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〔導入:気の交流のワーク(野口整体から)〕
塾生たちと一照さんの気が一つに合わさった学びの場づくりのために、全員が円座になって「気の交流のワーク」を実修しました。
「ウーム大丈夫」の呼吸で、息を下腹にしっかりと鎮めます。
そして、全員で手を取り合ってつながり、左手から吸った息を右手から吐いて、順繰りに右隣の人に息を渡しながら円座に通していきます。

つないだ手を離しても、気を巡らせていきます。


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〔Icebreak:なぜあなたはこの塾に来たのですか?〕
はじめての場に臨む皆の身心の緊張を解きほぐし、それぞれの人となりを塾生どうしで、塾生と一照さんの間とで垣間見てみるIcebreakのグループワークを行ないました。

これまでの仏教塾を経験してきた人と、今回初めて塾に参加する人が混ざるように4人のスモールグループを組みます。
塾の経験者から初参加の人へは、「この仏教塾の特徴」を説明するつもりで、これまでの塾での学びで印象に残っていることをお話します。
塾に初参加の人は、「なにがあなたをこの塾に連れてきたのか?」この仏教塾への期待や想いを語ります。

各グループ内で出た声をまとめて、塾生と一照さんの全員でシェアして、それに対して一照さんがコメントを加える…という、塾生どうし、塾生と一照さんとの対話を通じて、この塾がどんな場なのかを感じるワークです。

その中のいくつかの対話を振り返ってみましょう。

(塾生a) 今まで「これが普通」と思ってきた物の見方や考え方にとらわれていると、日常生活の場面でも「せっかく私が〇〇してあげたのに…」とか「〇〇してもらったのはありがたかったのだけれど、お返しできていないな…」という葛藤が生まれてくる。その"常識"とされているマインドセットを根底から見直すことが、これからの自分の生き方に必要だと感じて、この塾に参加しました。

〔一照さんコメント〕
私たちがライフデザインをしようとするときのヴィジョンやアイデアは、ほとんどの場合、自分が当たり前と思っている考えや価値観に基づいてなされている。しかし、デザインの基になる自分や世界の理解の仕方は吟味されていなくて、むしろ、吟味されていない常識や価値観に合わせるようなかたちでライフデザインされている。
仏教には私たちがもっている常識を批判するような意義がある、と私には捉えられている。その中でも、道元さんの「弁道話」の中に、ライフデザインのための補助線を、まっさらな白紙のところから見出していくことはできないだろうか?という思いが「Institute of Dogen and Lifedesign」というタイトルに込められている。

私たちとはまったく違う世界観の中で生きている人たちの世界を内側から観るようなことを、この塾の場で疑似的にでも体験できたらいいと思っている。
(参考図書) 『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(奥野克巳・著、亜紀書房刊)

(塾生b) 弁道話は「分からない」。例えば居酒屋などで人生を語ってみると、恥ずかしかったり、隣の席の人が気になったりするのだが、恥ずかしがらずに、忌憚なく真剣に人生を考察しあえる場を求めて、この塾に来ました。

〔一照さんコメント〕
分かることがよいことで、分からないことがよくないこと…というのも、「吟味されていない価値観」なのでは?
「分からない」からといってそこでshut downしないで、この塾では、分からないことに安住することを許さないスタンスで居ようと思っている。

(塾生c) ヨーガをされている方は、身体の内面から立ち上がってくるものに目を向けるために、また、日本に古くからあるものに向き合いたいと思っていた頃に、ちょうどよいタイミングでこの塾に出会いました。
私と同じようなことを目指している人たちとの学びで、また新たな発見があることを期待しています。

〔一照さんコメント〕
この塾では、先生が生徒に一方的に上意下達的に情報を伝えるというような場ではなく、塾生がそれぞれに持っている豊富な経験や専門知識・スキルを持ち寄って、それらが化学反応を起こして何かが結晶するのか、ときには爆発するかもしれないけれど(笑)、思いがけないことが起こるのを愉しもうじゃないか、ということでこれまでもやってきたし、今年の塾でもそうしたいと思っている。
身体のことに関心があって探究している方も何人も参加している。「こういうエクササイズがあるといいのでは」という提案もどんどんしてほしい。

(塾生d) 集団の中で過ごすのが苦手。でも、完全に一人になってしまうと寂しい…。一照さんのお話やテキストの講読からの学びが目的、というよりも、この場で出会う皆さんとのご縁が楽しみだし、これまでの塾の経験者からも、そこから得られるものが多かったという声があった。大人数とつながるのは苦手な私たちだけれど、一人ひとりと出会いながら何か新しいものが生まれたり、お互いに感じられるものを大事にして過ごしていきたい。

〔一照さんコメント〕
集団の中にいても、直接にinteractできるのは1人か2人くらい。しかしそれは、集団がもっているあるクオリティを背景にした少人数の交流なので、1人や2人とのinteractの中に、集団のクオリティが何らかの形で影響している…という多重構造になっている。あまり「一対多」というふうに思わない方が、実際に即していると思う。

(参考) 宮本武蔵「一乗寺下り松の決闘」
武蔵が73人の吉岡一門と決闘を行なった際、いくら武蔵が強いといっても数十人と一度に闘っては勝てないので、武蔵は田んぼのあぜ道に入り、敵の勢力を分断して、束になってかかって来れないようにした…というエピソード。

(塾生e) 過去の塾経験者にとっては、たくさんの「人の縁」ができたことが収穫だった。また、これまでの学びを通じて、実際の日常の中で問題に出会った時のリアクションが変わってきた。

〔一照さんコメント〕
いろいろな意味でバラエティに富んた人たちが来てほしいというつもりでこれまでこの塾をやってきた。今回も、パッと見た感じ「いろんなヤツらが来てるな」という印象。毎月一回5時間程度という限られた時間ではあるが、無理をして自分から貪欲にいかなくてもよいが、塾生どうしでのinteractionを愉しんでほしい。そんなに悪い人は来ていないと思うので(笑)、安心して発信したり受信したりしてほしい。そういったやりとりが、学びの場全体の"磁場"のようなものを作ってくれる。

(塾生f) こういう場に来ると、普段出会うことがない方とお話する機会があって、日常生活の中ではなかなか言い出せないようなことも言えるし、逆に皆さんのそういった声を聴ける場でもあると思う。そのようなやりとりの中から、いろいろなことを吸収できることを期待して参加したいと思います。

〔一照さんコメント〕
20代前半から70代まで、年齢的にもバラエティに富んだ集まり。
若い人は遠慮しないで、上のヤツらをたたいてください(笑)。



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……このあと、学習ノート②に続きます。

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