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【10月の夜】

まんまるとした秋の月が東の空に浮かんでいる。銀色に輝き始めながらも、淡い色合いがわずかにまだ残る、まさに夕方と夜がせめぎ合う、はたまた同居するそんな時間の話だ。襟元を乾いた冷たい風が吹き抜けていく。

「あのね、私の方が正しいのよ」

…と言わんばかりに。まさにその正しさを誇示するように、適切な方角から、適切な強さ、適切な冷たさで。

そんな主張を受け「さむっ」と、思わず呟きを声にしながら、数年暮らす平凡なアパート2階の部屋の鍵を開け、今朝出かけた時と何も変わらない部屋に入り、靴を脱ぎ真っ直ぐに冷蔵庫に向かい扉を開け、帰宅途中のコンビニで買ったばかりの2本のビールと惣菜を冷蔵庫にしまい込む。それからようやく背負っていたデイバックを下ろす。そして事前に準備してあったウェアに素早く着替え、洗濯物を洗濯機に放り込み、700ルーメンのヘッドライトを装着し再び鍵を持つ。帰宅しここまで所要時間は約5分。まさに上出来だ。

再び部屋を出て、階段に座り、踵をしっかりシューズのヒールカップに納め、何かを確かめるように靴紐をきゅっと結ぶ。それからおまじないのように最後に部屋に鍵をかける。ヘッドライトのスイッチを触り、周囲が明るくなる。G P Sと心拍計が一体となった腕時計をアクティブにし、ウォーミングアップもなしに緩やかに走り始める。脚は自然と適切なリズムを刻んでゆく。東の空、まだあまり高くない位置、静かに光る銀色の月が堂々とそこにあり、あたりをぼんやりと蒼く染めている。無機質なヘッドライトの光を頼りにしながらも、辺りを美しい蒼い世界に染めてゆく月をちらりチラリと横目に見つつ、呼吸を深くするように意識を集中する。身体中の全血液が酸素を求めているのがわかる。彼らの要望に応えるようにテンポよく新鮮な空気を吸い込む、肺を痛いくらいに満た透明感のある冷たい空気は、もうもはや季節を先取りした冬のそれだ。

そんな今日、夕方のニュースでは気象キャスターががどこか自慢げに「今日は木枯らし一号が吹きました」と伝えていた。

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