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駐在妻であり、専業主婦である私

河崎みか(Mika Kawasaki)




私は29歳で夫が海外駐在になったのを機に、専業主婦になりました。


専業主婦というと、あなたはどんな印象を受けますか?


「仕事をしていない」

これが筆頭ではないでしょうか。

この言葉の裏には、家事、育児、介護、私で言えば海外生活、などなど、人それぞれ壮絶な背景があるわけですが、共通して言えるのは、世間的には職業「無職」であることです。


私の母は、ずっと専業主婦でした。
時折、友人のお店を手伝ったり、塾の掃除をしたり、いわゆるアルバイトをしていたようですが、それは私たちきょうだいが学校に行っている間でした。
私たちが家にいるときは、常に母は「家にいる主婦」だったのです。


そんな母を見ながら、私は思ったものです。


私は、母のようにはならない。
自分にしかできない仕事を持って、自分でお金を稼ぐんだ。

それが、どれだけ難しいことかを思い知るのは、数十年後です。



大学を卒業して、企業に就職。東京を闊歩するOLとして、月日を重ねたある日。
夫に海外駐在の話が持ち上がったのがきっかけです。
彼とともに、海を渡ることを決め、私は仕事を辞めました。

そこから、まさか10年以上も専業主婦生活が続くとは、思いもよらず。

なぜなら、その海外生活はせいぜい数年で、日本に戻れば自分はまた仕事をするのだと信じて疑わなかったから。

蓋を開けたら、韓国を皮切りに、数年ごとに住む国がどんどん変わっていく生活でした。

韓国、日本、中国、アメリカ…

これを読んでいる同じ専業主婦の方々は、こう思ったかもしれませんね。


専業主婦って言ったって、海外に住んでるんだからいいじゃん。と。


確かに、そうです。私もずっとそう思っていました。
私は今、仕事はしていないけれど、海外で生活している。
そのことを口にすると、周りの人は揃って

「すごいね」

と言ってくれたから。

私の肩書きは、「専業主婦」ではなく、「海外生活をしている人」になれたから。

ずっとそれで、安心していた部分が大きかったのです。

じゃあ、何が問題なの?ということですよね。

それは、簡潔に言えば、「年齢」と「疲労」です。

一つは、12年の海外生活をしている間に、40代半ばになっているという現実。

それまで私の心を支えていたのは、「海外生活をしている」ことと、「まだ若い」というブランドでした。30代って、やっぱりまだ若いですよ。

自分の経験と、若さがあれば、社会に復帰できる機会はまだあるはずだと思えていたのです。だからこそ、いつまで続くのかわからない駐在生活を、人生経験としてプラスに捉えられました。

しかし、今、私は44歳です。

私の支えになっていたブランドのひとつが、気づけば消滅していました。


もう一つは、海外生活に疲れた、というのが正直な気持ちです。正確に言えば、「夫の駐在生活についていく生活」に疲れたのです。

住む国も、移動する時期も、すべて会社の判断で決まる生活。見知らぬ国で必死に積み重ねた日常が、跡形もなく白紙に戻る生活に、疲れたのです。



あなたは「海外駐在」と聞いて、どのように感じますか?

外国語ができて、能力が高く、会社の手当が手厚くて、華やかで、人生勝ち組の人がすること?

そこまでは、いかないかな笑。

このイメージは私が大学生の時に聞いた、商社マンの話が影響しているかもしれません。

就職活動を控えた大学生向けの説明会で、壇上にはスーツに身を包んだ企業の人たちが並んでいました。

その1人がした経験談が、「海外駐在」の話だったのです。

内容は「アフリカに駐在した時の武勇伝」でした。現地の人や文化にもまれながら何十億という金額を動かしていた、という話。

「忙しすぎて、出発時刻に間に合わなそうな飛行機を滑走路に走り込んで止めて、なんとか乗り込んだ」という、今から思うとウソか誠か、さすがにお前、話を盛ってるだろ!という話を意気揚々としたのです。

しかし当時、ステージを見上げる大学生の私は、息を飲んだものです。

「すごい!」と。

もちろん、それを否定することはできません。

実際に、夫は本社と現地支社に挟まれて、寝る間も惜しんで働いています。英語はどんどん上手になって、ある日は車を何時間も運転して、またある日は飛行機を乗り継いで、アメリカを縦横無尽に動いています。

海外駐在員も色々でしょうが、少なくとも私の夫は、ステージで胸を張って話をしていた、あの商社マンに限りなく近いバイタリティーがあると思います。

しかし、あの時、誰も語らなかったことがある。

それは、彼らの「家族」について。

彼らの「妻」について。

私たち「駐在妻」について想いを馳せた人は、あの会場にはひとりもいなかったでしょう。

海外駐在員の妻が、夫について海外に住み、専業主婦になることの葛藤に、誰が気づいてくれていたでしょうか。



あの商社マンの話から20年以上が経ち、私はパソコンに向かってこれを書いています。


駐在妻であり、専業主婦である、私。

海外に住んで、仕事をしなくても豊かな生活が与えられ、子供にも恵まれて、健康で、のん気に文章を書いている、私。


いつ日本に帰るの分からない、どこの国に行くのか分からない生活をして12年。自分のキャリアが途切れ、妊娠、出産、子育てに追われて、気づけば40代半ばになっている、私。


日本に戻って根を張った生活をしたいと思う一方で、海外生活をしているという最後のブランドを失った自分に、何ができるのだろうという不安を抱えている、私。



私は、何をするために、生きているのだろう。

同年代でも命を落とす人がいる中で、自分はまだ、生きている。

なんで、私は生きているのだろう。


子供を育てるため?

家族を支えるため?

専業主婦は「主婦」が専業だから、それが、最高の幸せ?


専業主婦の私は、今日もそんな想いをめぐらしています。


横で子供達が「どこかに行きたい」とわめいている。
シンクには、まだ洗っていないお皿が積み重なっている。
ベッドの上には、乾いた洗濯物が山になっている。


それを眺めながら、私はこれを書いている。

その光景を見て、人は「あなたは幸せだ」「あなたは恵まれている」と言うでしょう。


分かってる。

それは、分かっている。

でも…


全ては、私の頭の中でぐるぐる回るだけ。


今日も私は、専業主婦の1日を終える。


おわり


★河崎みかホームページ https://www.mikakawasaki.com/
★Instagram https://www.instagram.com/mika_ocean07/


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