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幸せの定義

幸せの定義。そんなものはない。

なんてったって、❝何が幸せなのか❞というのを決めるのは
自分次第なのだから。

長年の友人と、昔話をした。

「あの頃の方が幸せだった。」
そう彼は言った。

思い出というのは、楽しかったことや幸せを感じた瞬間を切り取り、思い出している。確かに、昔の幸せだった瞬間と比べると、今の方が幸せじゃない、と感じることはあるんじゃないだろうか。「過去よりも今の方が幸せ」と胸を張って言える人もいるだろう。

友人と幸せについて話をした時、私は幸せについて初めて言語化したかもしれない。
「一番幸せだったのはいつ?」と聞かれて、私は答えられなかった。私にとっての幸せは、いろんな形をしていて、それぞれ別々の幸せである、という感覚がある。幸せという言葉でしか表現できないから、すべてが幸せという言葉で表現されているだけなのである。

もしも幸せという言葉に種類があったとしたら、私の過去の幸せの瞬間は、幸せAであり、幸せBである。これが何種類存在しているのか、自分でもわからないが、幸せというカテゴリの中に、幸せAや幸せBが存在する。そんな感覚なのだ。

それを友人に伝えると、最初は理解してもらえなかった。それはそうだろう。自分自身、幸せのカテゴリなんて考えたことはなかったし、ましてや、それを誰かに説明することがあるなんて思ってもみなかった。

しかし、この説明をすることで彼の幸せに対する気持ちに少しでも変化があればいいと思う。彼は、過去の幸せにとらわれ、今の幸せに気付けていない気がするからだ。学生時代に感じた幸せを、大人になった今、同じような幸せを感じることは難しいのではないか。

多くの経験を積み重ねて、初めての経験というのは、少なからず減っていく。同じ状況が訪れたとしても、きっと二度目以降は、最初に感じた幸せと同じ幸せを感じることは難しいだろう。

たくさんの経験をしたからこそ、学生時代に気付けなかった幸せに気付くことができる、ということもあるのではないだろうか。
実際に、友人とは10年以上の仲で、彼の考え方は変化している。


この変化に彼も少しずつ気付けるようになっていることが、私は嬉しいし、幸せのひとつなのだ。



以上が、2021年現在の私の見解である。
私も変化していくのだ。

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