INFJの操られがちな人生

抗って行きたかった。
違うふうに生きたかった。
だから一人で生きようと思った。
会社も恋人もいない、結果、一人で何もできないのだ。

「過去の自分と比べるって素敵だよね」
好きだった女友達の影響で、よく昔を羨むようになった。
昔はすべてが上手く行ってた、そう感じるようになった。
成績は優秀だった。友達はいなかった。
馬鹿な奴らと仲良くなる必要はないと思っていた。
ずっと一人だったけど、
自分のことだけ守っていればなんとかなったから、
誰かのことで心臓が痛くなることもなかった。
案外うまく呼吸もできていた。

ひたすらストイックに、良かれと思って行動をした。
不自由な日々を、
自分軸という名の他人軸に乗っ取られながら。

ちょうど私が大学生のときに、時代が大きく変わった。
2016年ほどに、Youtubeが流行るようになってきた。
自由な生き方が尊重されるようになった。
卒論と就活と父の死。
生きる意味をさまよっていた私にとって、自由な生き方は非常に真実に思えた。
学歴も新卒切符も捨てて決意したなんちゃって独立。
それが一番非独立的な行為だなんて、当時は一瞬も思わなかった。

世界を救うことを目標に掲げていた。
若いからチヤホヤされて酷く自己中な己への償いなのかなんなのか、正義感で生きていた。
私は、絶対に成功すると思った。
誰よりも生きる意味について考えてきた自信はある。
一人で自由とのびのびしている時間が、とにかく幸せだった。

今、教習所で幸せを感じている。
日々勉強することがある。
まさに知識に乗っ取られているのだ。

決められた時間に起きなくてはならない。
そのための回復時間分寝ないといけない。
教官の言うことを聞かなくてはならない。
盲目的で支配的で、ちょっと前ならすぐに反抗しているこの状況を苦しいと思わなくなったのは、
「やることやってりゃいいんだ」というのを幸運だと思えるのは
すごく久しぶりな感覚だ。

羨しかった過去の自分は、間違いなく、優れたメンタルではなかっただろう。
うまくいっていた(ように感じた)のは、その後の将来、つまり下手な独立の心を極限まで抑圧していたからだ。
「人間」の歴史についていけない頭を極限に使ってしまったからだ。

無理をしていた。
そのことに、最近気づいた。
持っている力を発揮できなかった10数年間分を、持っている以上に手に入れた力でバランスを取ろうとしていた数年間だった。
他人軸があるからこそ存在する自分軸で生きる人は、それを表現したがらないからなかなか見つからない。
知らなくて傷つけた過去や未来は、人のものでも私のものだ。

「尊い命」と人は言うが、誰しもご冥福をお祈りするだけで身代わりになってくれるわけではないのだ。

どれだけ考えても、表現しないと報われない。
身体を通じて初めて本物なのだ。
胸の痛みが取れなければ、それがいかに自分の夢であっても、最適解じゃないのだ。

そして、
私の魂を曇りなく伝えるのが、私の四肢の役目だ。
無理に絞り出す必要を無くすための社会だ。
頑張る必要なんて無いのだ、
だって、社会と自分の歪があれば、
勝手に文章や映像が出来上がる。
今もそうやってこのページが紡がれているのだから。

この記事が参加している募集

#夏の思い出

26,395件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?