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青果と思い出

わたしは日本の夏が嫌いだ。

汗で服が体に張り付くし
強すぎる日差しに肌を焼かれて痛いし
何より期間が長くていけない。

夏の盛りが1週間ほどで
あとは初夏くらいの気候なら風流なものだが、
梅雨が明けたらすぐに30℃を超えるときた。

地元の田舎に住んでいた頃は
加えて蚊といういやな奴らがいたから
今は幾分ましなのかもしれないが。

さて、暑い暑いと言っていても仕方がないので
楽しみを見出そうとする。

祭り、花火、海…
どれも威勢が良くおもしろいが
このご時世では心置きなく味わうことはできない。

となると、やはり食べ物になる。

夏バテ気味で食欲がなくても
季節の野菜、果物はおいしくいただける。

森茉莉をして、玲瓏珠のごときと言わしめた
トマトもその一つ。

太陽を受けて瑞々しく育った真っ赤な宝石は、
まさしくこの季節の贈り物である。

冬場にもトマトは売っているし
べつに悪くはないのだけれど
どうしたってこの季節のものには敵わない。

スーパーから帰って、
冷蔵庫で冷やしている間から嬉しい。

そしてきゅうり、ナス。

この時期にきゅうりの浅漬けをつくると
知らない間に食べきっている自分がいる。

瓜独特の匂いと
水が抜けていい塩梅に浸かった
あのポリッとする歯応えがたまらない。

夏場は台所に立つのもやっとなので
ササッと作れていつでも食べられるのが
ありがたく感じる。

そうそう、ナスの煮浸しもいい。

茗荷をちょいちょいと乗せるだけで
あっという間に素敵なお酒のアテの出来上がりだ。

ナスから滲み出るジュワッとした出汁が
疲れを吹き飛ばしてくれる。

さあ、
お次はレンコン。

母の知り合いに農家の人があって、
毎年立派なレンコンをいただいていた。

わたしのおすすめは
レンコンのクリームチーズ和えだ。

レンコンを1〜1.5センチ厚さの銀杏切りにして
オリーブオイルを引いたフライパンで焼く。

中まで火が通ったら、
クリームチーズと塩胡椒を混ぜるという
シンプルな料理だ。

えっ、レンコンとクリームチーズ?
と思った人にはぜひ試していただきたい。

レンコンの甘みがぎゅっと濃縮したところに
クリームチーズのほのかな酸味が加わって
黒胡椒がピリッと締めてくれる。

驚くほど美味しい。
ワインにも合うそうだ。

さて最後は、
わたしの1番好きな果物。
スイカだ。

これは幼かった時分の
記憶と結びついているからもあるだろう。

わたしの祖父が八百屋をやっており、
夏になると丸ごとのスイカを  
大きな包丁で割ってくれるのが決まりだった。

そのスイカは
もはやスイカ太郎が生まれるのではないか
(いや、瓜科ならスイカ姫?)
というほどの大きさで
それはもう瑞々しかった。

祖父のこだわりの庭で、
大きな石の上に座ってスイカを頬張った。

手も口もじゅぶじゅぶになりながら、
夢中になって食べた。

蝉の声の鳴り響く中、
大きな祖父の手がわたしの頭をなでる。

何度も何度も、「うまいか?」と聞かれた。

祖父は兄弟がたくさんおり、
後妻の長男だったから家に居場所がなかった。

東京へ丁稚に行ったり
病院の売店で働きながら 
必死に貯金をして家族のための家を建てた。

自分の力で稼ぎ、家族を養えることが
祖父にとって大きな喜びだったのだろう。

祖父が幼かった頃
十分に与えられなかった愛情と食事を
わたしに注いでくれた。

長い夏休みの記憶だ。

そんな祖父は昨年末に祖母に旅立たれ、
結婚以来はじめての1人の夏を迎えている。

現在の祖父は、
元々の頑固さに拍車がかかって
母の手を焼かせているそうだ。

認知症が進み、
俺にはこんなに貯金がある、と自慢する
その額が日に日に増えていく。

祖父が手入れをできなくなった庭は
今は叔父の手によって管理されているが、
多くの木は枯れてしまった。

あの時座った石だけが変わらず残っている。

あんなに大きかった背中が
今はわたしよりも小さい。

わたしは、夏が嫌いだ。

切なくなるから、キライなのである。

でも、この記憶がなかった方がいいとは思わない。

以前手にしていたものを失くして
侘しさ感じるのは生きている証拠だなのだから。

わたしはこの先、
何十回もあのスイカの味を思い出すだろう。


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