見出し画像

本当に姿勢はすべての元凶なのか?

 治療家なら多くの人が必ず言うセリフがある。「あなたの腰痛や肩こりの原因は姿勢が悪いからですよ。」このセリフは”伝家の宝刀”だ。あらゆる症状に対して使える最も簡単で明快でクライアントが納得してくれる最高のキラーワードだ。


 例えば『腰痛 原因』とググってみると多くの理学療法士、柔道整復師、トレーナー、あるいは医師までもそのほとんどの原因は姿勢にあると言う意見が見られる。


 僕自身も多くの患者さんやアスリートに対して姿勢が原因で痛みが出ていると伝えていた。もちろんそれが原因で痛みが出ているケースがあるのは間違いではない。ただ今回はその”姿勢”が本当に全ての原因なのかを考察して行こうと思う。今回も僕の大好きなTodd Hargroveの2016年に書かれた記事を参考に考察して行こう。


1、姿勢についての一般論

 姿勢については様々な意見がある。みなさんはどんな姿勢に関する理論や持論を持っているだろうか。これには非常に数多くの理論があり一概には言えないが一般的なものを例にしよう。 


 例えば『猫背』。もう少し専門的に言えば”上位交差症候群(アッパークロスシンドローム)”がある。これは肩が内側に入り、胸が凹み、背中が丸くなり、頭が前に出ている姿勢である。一般的な対処法として胸筋のストレッチと肩甲骨の間の筋群を鍛える方法が取られる。

画像1

 

また「反り腰」と呼ばれる”下位交差症候群”は骨盤が前傾が強く、腹部が前に突き出した状態である。これには臀筋やハムストリングの強化、股関節屈筋群のストレッチ、中には1日を通して腹圧を高めるようドローインを指導する事も多いだろう。

画像2


 他にも頻繁に耳にする考え方は左右の足の長さの違いや肩の高さの違いなどの非対称性が痛みを引き起こすと言うことだ。治療家はその歪みを見つけ出し”矯正”しようとする。なぜなら肩の高さの違いが筋緊張や胸郭出口症候群を招くから。骨盤の捻じれが背骨を回旋させたり曲げたりするから。脚の長さの違いが骨盤の高さを変えてしまうから。


 これらの考え方には直感的に理解がしやすく多くの専門家達から提唱されている。しかし、これらにはエビデンスの裏付けはあるのだろうか?我々は本当に理想的とされている姿勢と比較して歪みを矯正することに時間を費やすべきなのだろうか?

 この記事には数多くある痛みと姿勢に関する文献をいくつか紹介している。きっとさっきの疑問の答えに近ずけるだろう。そしてほとんどの研究で関連性は見つかっていない。まずこの事に驚かされるが詳細を見て行こう。


2、研究によって分かった事とは?

 多くの研究では研究者が被験者を腰痛のある、なしに分けX線などで脚長差、骨盤の傾斜、腰椎・胸椎・頚椎の弯曲度などを測定する。そして腰痛の有りと無しのグループに姿勢のアライメントに顕著な差が有るかを調べる。また、コホート研究(前向き調査、追跡調査)では、ある特定の姿勢の腰痛がない被験者が将来的に腰痛になるかどうかの調査も行った。

 そして数々の研究においてこれらが完全に明確ではないにしてもほとんどの研究で悪い姿勢が腰痛を引き起こすと言う主張を裏付けしていないと言うのだ!これには本当に驚かされる。

 我々はあらゆる場面でクライアントが抱える症状と姿勢の関係性が強いと常に信じてきたし、つい昨日も「デスクワークであなたの臀筋や腹筋が弱くなって正しい姿勢を取れなくなっているのですよ。だから腰を痛めたのです!」と、自信たっぷりに語ってしまった・・・。


 まだ結論を出すには早い。記事には研究での代表的な所見がまとめられていた。以下のものだ。


下肢長差と腰痛の関連性は無かった。by Grundy Roberts(1984) Dose unequal leg length cause back pain ?

重度の腰痛、中度の腰痛、腰痛なしの3グループの合計321人において腰椎前弯や下肢長差に顕著な差はなかった。 by Pope, Bevins(1985) The relationship between anthropometric, postural, muscular, and mobility characteristics of males ages 18-55.

頚椎の弯曲の測定値と頚部痛に関連性は無かった。 by Grob, Frauenfelder et al. (2007), The association between cervical spine curvature and neck pain.

腰痛ありと腰痛なしの600人を対象にした腰椎の前弯と骨盤の傾き、下肢長差、腹筋とハムストリングと腸腰筋の長さにおいて顕著な差は見られなかった。 by Nourbakhsh, et al. (2002) Relationship between mechanical factors and incidence of low back pain.

非対称性の姿勢、胸椎の過剰後弯、または腰椎の過剰前弯をもつ10代の若者において、姿勢が”良い”他の同年代の若者と比べ、大人になってから腰痛を発症する傾向はなかった。 by Dieck, et al. (1985) An epidemiologic study of the relationship between postural asymmetry in the teen years and subsequent back and pain.  

妊娠中に腰痛の弯曲が増加した妊婦に、より腰痛を発症する傾向はなかった。 by Franklin, et al. (1988) analysis of posture and back pain in the fast and third trimesters of pregnancy.

無理な姿勢を強いられる職業に従事している人だからと言って、腰痛レベルが高いことはなかった。 by Lederman(2010) The fall of the pstural-structural-biomechanical model in manual and physical therapies  :  Exemplified by lower back pain.


 さぁいかがだろう。僕はこのリサーチを見た時にかなりの衝撃を受けた。ほとんどいつも患者さんに伝えている事が、まさか研究によって尽く否定されていたとは・・・。おそらく多くのセラピストはこれをクライアントに伝えていることだろう。ただこれは仕方ない事なのかも知れない。なぜならそう言う文献も多いし、そのような教育をされて来たからだ。何よりわかりやすい。


 上記のリサーチでは、痛みと姿勢の間に何らかの相関性があったとしてもそれは弱いと言うことを示唆しています。腰痛の要因には、エクササイズや仕事に対する満足感、教育レベル、ストレス、喫煙などが大きく関係しているとする研究が数多く存在している事を考慮すれば今回の研究も納得が行く。


 さらにもう1つ面白い研究がある。これはHodges, Moseleyの2003年に出されたリサーチで、「痛みを出すような溶液を注射された人は無意識のうちに違う姿勢を取ろうとする。」というものだ。

 つまり姿勢が悪くて痛みが出るのではなく痛みがあるから姿勢が悪くなるとこのリサーチでは語っているのだ。Oh My God !!


3、なぜ痛みと姿勢には相関性が少ないのか?

 上記のエビデンスの数々はまさに常識を覆すものだ。アメリカでは痛みに対する研究も盛んで痛みはその個人の環境や嗜好品、精神的なものなど多くの要因があると広く知られている。ただ日本ではまだその認識が浅く、治療家の中にはその事実に気付いている人もいるがクライアントが信じない。そしてクライアントが求めるものは指圧だ。海外では指圧は指を破壊するのであまりオススメされていない。もしかしたら日本の誇るこの”指圧”こそが我々治療業界を停滞させているのかもしれない。

 ではなぜ痛みと姿勢の関係性が低いのか、様々な理由があると思うが説得力がある理由を3つ上げよう。

1、時間の経過とともに組織はストレスに適応する
 
悪い姿勢が痛みを発生させる仮説は、特定の部位に過剰な負荷がかかり微細損傷を蓄積させて痛みになる、というのが仮説の基盤となる。
 だが、組織には適応能力がありそれを考慮していないのだ。筋トレと同じように負荷が繰り返しかかると筋肉、靭帯、腱はそのストレスに耐えれるように適応するのだ。

2、組織損傷と痛みはイコールではない

 以前『痛み』に関しての記事を記載した。

 痛みを伴わない多くの組織損傷の罹患の研究は数多くある。たとえば背中や肩、膝に痛みを伴わない人のかなりの割合(20〜50%)が、椎間板の膨隆や回旋筋腱板の断裂、半月板損傷などを患っている事を記しているリサーチもある。
 痛みはとても複雑で難解なものだ。ぜひ以前の『痛みについての考察』を参照して頂きたい。

3、人それぞれ
 痛みと”悪い”と言われる姿勢の関係性がないと言う3つ目の理由は、身体は人それぞれ構造が違うと言う事だ。

 ある程度の個体差があり骨の形やサイズがその人の立ったり座ったり動いたりするのに最も効率的な動作や姿勢を決定付ける。なのである人にとっては”機能不全”のアライメントでも、別の人にとっては最適なアライメントなのかも知れない。


 つまり姿勢には個体差があるわけで、それを理想とされる”正しい姿勢”に矯正するのは本質的に問題があるのだ。


4、姿勢の代わりに何を心配するべきか

 上記のエビデンスは痛みの治療や予防の方法として理想とされる静的姿勢の誤差を見つけ出し矯正するのは時間の無駄かも知れない事を示唆している。

 では、姿勢がそれほど重要ではないとするならば運動時や休息時のアライメントは全く気にしなくても良いのだろうか?この記事では”ノー”と言っている。


1、大きな力が加わる時には正しい姿勢が取れているか確認

 ここで勘違いしてはいけないのはただ単に座る、立っている時は関節にかかる負担はとても小さく長年かけてこの負荷に適応するが、高重量のデッドリフトを行う場合は違う。

 この負荷は日常的に何百何千と繰り返す負荷ではない。つまり筋トレやスポーツ、普段と違う動きをする場合は生体力学と正しいフォームは必須となってくる。

これらの場合はケガのリスクを減少させ、運動パフォーマンスを向上させる。とても勘違いしやすいので注意してくれ。運動ではフォームがとても重要なのは間違いない。


2、動きを改善しよう

 立位や座位の外見上の見た目はどうであれ、どのように動くかが重要になる。

どんなに猫背でパソコンと日々格闘しても良いが、それで肩甲骨や胸椎が動かなくなり腕を頭の上まで挙げるオーバーヘッド動作や上半身を回旋させる動作が出来なくなっては元も子もない。

 長時間とっていた動作と逆の動きのストレッチやトレーニング(例えば大胸筋のストレッチや僧帽筋下部のトレーニング)を行い機能を保つことが重要だ。


3、姿勢のバリエーションを広げよう

 同じ姿勢で何時間も座ったり立ったりしなければならない人は多いはず。もしこれがストレスや痛みを生むようであれば、姿勢を少しだけ変化させたほうが常に”完璧な姿勢”を取るより効果的で得策だ。

 姿勢を変化させる事によって体重を支持するストレスを身体の一部に集中させずいろんな部位に分散させる。頻繁に休憩を取りながらよく動くようにしよう。


5、まとめ

 だいぶ長くなってしまったがまとめると、静的な姿勢が理想の姿勢からかけ離れているからといって心配し過ぎる必要は無い。悪い姿勢が腰痛の誘因では無いようだ。その代わりに、快適な姿勢をとり、常に動き、身体の機能向上するよう努力し、筋トレなど高負荷がかかる際はアライメントやフォームを正しくする事を心がけよう。


 なんとも衝撃的な内容ではあるが、姿勢はそこまで痛みに対して重要じゃないよ。と言う事だ。ただやはり長時間同じ姿勢は疲れる。その疲労を考慮してクライアントに接して欲しい。

 姿勢は治療する上でとても重要な指標になるが、もっと身体機能やその人の社会的環境に目を向けることが最も重要だろう。



参考文献:Todd Hargrove 『Does Bad Posture Cause Back Pain ? 』(2016/01/28)