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脱会のステップ【第2章②聖書を複眼で捉える②】

さて、昨日の続きです。
まだ前回の記事をお読みで無い方はこちらからどうぞ。


前回は、脱会することにおいて、
エホバの証人と他のオーソドックスなキリスト教との教義を比較してみることの重要性を説明しましたが、
本日は、さらに外部からのアプローチです。
つまり、キリスト教や聖書自体を完全に客観的立ち位置から見てみようという提案です。

生まれながらにしてエホバの証人家庭に育ったという宗教2世の方でなければ、
神の存在や聖書の神聖性を信じていなかった時期があったはずです。(私もそうでした。)
その頃は、単なる「世界三大宗教の一つ」としてキリスト教を見ていたでしょうし、聖書に書かれた「失楽園」や「ノアの箱舟」といった逸話も単なる神話であると思っていたのではないでしょうか。
要は、その頃の視点に戻ってみて、もう一度聖書の史実性を検討してみてはどうでしょうかということです。

本日は、信仰から一旦切り離した上で、聖書について理解するために役に立つ書籍を紹介します。
いずれも実際に私が読んで大いに参考になった本ばかりですので、もし興味を持ったものがあれば、ぜひご自分で読んでみることをお勧めします。

本日は、エホバの証人観点から見た「背教者」の本は紹介していませんので、ご安心?ください。
では、参りましょう。


1、『聖書考古学』長谷川修一

一冊目は中公新書から出ている『聖書考古学』という本です。
著者の長谷川氏は、考古学界隈での著名人であり、聖書と考古学との関連性について初心者でも分かりやすいように書いてくれています。

遺跡の発掘はどのようにして行われるのか、どのようにして出土品から年代を特定していくのかなども説明されており、聖書の記述は考古学的にはどのような裏付けがなされているのかを知ることができます。

また、聖書の写本についての概説も本の序盤に記されており、現在の聖書はいつ、どこで発見されたどの写本がベースになっているのかなどの基礎知識を学習できます。
※近年、「ものみの塔」の研究記事でも扱われましたが、こちらの方が網羅的で分かりやすい印象を受けました。。

聖書の記述は事実だったのだろうかという点で、さまざまな聖書中のエピソードや記述について検討していきます。
聖書を「外部から見る」という点でとてもおすすめの一冊です。
巻末にはブックガイドも載せられているので、さらに興味を持ったものを読み進めてみてもいいと思います。


2、『ふしぎなキリスト教』橋爪大三郎、大澤真幸

こちらも新書です。著者が二人となっていることからも分かるように、キリスト教をテーマとして二人が対話していく形式で進んでいくので、非常に読みやすいです。
お二方は社会学者であり、また橋爪氏は比較宗教学の権威とも言える方であり、とてもフラットな目線でキリスト教という宗教について解説されている印象を受けました。

何よりも聖書に書かれたさまざまな出来事の解釈や、イエスの話したたとえ話からの教訓の引き出し方が「なるほど」と思わされました。
俗な言い方ですが「深いな〜」と感じました。

エホバの証人の聖書解釈は、行動主義的というか、プラグマティック、つまり「役に立ってなんぼ」の立場であると思っています。
これは、エホバの証人という宗教が誕生したアメリカという国が、プラグマティズムの哲学や自己啓発系の思想家の源流であることと大いに関係があるでしょう。

彼らの聖書解釈はひたすら「行動ベース」に落とし込んでいきます。
・この記述を宣教でどう生かせるか
・この記述からエホバの性格について何を学べるか
・この記述は私たちに何をするよう励ましているか
みたいな感じです。

もちろん、良い面もあります。
「何をすべきか」という行動の部分をしっかりと伝えるので、信者にとって非常に分かりやすいと言えます。

今後触れますが、現在エホバの証人の数は、先進諸国では減少傾向にあり、今後はいかにアフリカやアジア、南アメリカなどのいわゆる”発展途上国”で信者を獲得できるかが重要になってきています

言い方は悪いですが「猿でも分かる」レベルで、とにかく何をすれば聖書に従って生きていることになるのかを伝えようとしているように感じます。(すみません。本当に言い方悪いですね。。)

他の元エホバの証人の方のブログを拝見しても、近年、聖書そのものの歴史や考古学的な解説を行なっている「ものみの塔」の研究記事はめっきりと減ったと指摘しています。

今や、エホバの証人の集会や大会で教わる内容は、毎回似たようなものとなりつつあり、
・人に親切にしましょう
・宣教ではまず相手の話を聞きましょう
・組織の指示に従いましょう
・困っている年配者を助けましょう
・相手に失礼なことを言われてもすぐに反応しません
・道徳的に清い生き方を続けましょう

といった、「お決まり」の結論を延々と聞き続ける自己啓発セミナーのような状況になってしまったなと感じています。(800万人の信者を教育するためにはこうした手段を取らざるを得ない苦肉の策なのかもしれませんが。。)


脱線しました。
いずれにせよ、一度キリスト教というものを基礎からしっかりと学びたいという方には最初の一冊としておすすめの本です。


3、『一神教の起源』山我哲雄

こちらは「筑摩選書」と呼ばれる少々分厚い一冊です。先ほど紹介した2冊と比較すると読みづらい部分はありますが、私にとっては最も役にたった一冊であり、私のエホバの証人に対する信仰にトドメを刺した一冊です。

本書は聖書の中でも旧約聖書に絞って解説しており、タイトルにもあるように「一神教がどのようにして始まったのか」というテーマで書かれています。

この本で書かれている指摘はまさに「目から鱗」でした。
「旧約聖書の神は元は多神教の一つの神だった」ということを聖書の記述をもとにして明らかにしていきます。

そして、旧約聖書のどの時点で現在のような「唯一の神」という描写の仕方に変わっていったのか、またそうなっていったのはなぜかということをユダヤ人の歴史的背景から考察していきます。

ヘブライ語についての専門知識なども少し出てきますが、しっかりと解説してくれているので、前知識は不要でした。

エホバの証人が言っている「エホバ」という神が本当に世界創造の神なのか、というそもそもの部分に焦点を当てた良書です。

別の記事でも書きましたが、自分の常識となっている土台を疑ってみることは新たな視点を得るためにとても大切なことです。もし、そうした世界観がひっくり返る覚悟ができたという方はぜひ、手に取って読んでみることをお勧めします。


まとめ

以上、個人的に役立った3冊を紹介しました。
他にもキリスト教や聖書について分かりやすく書かれた本はいっぱいあります。ご自身で本屋さんに足を運んで探してみるのもいいかもしれません。

これら3冊を読んでいて思ったのは、「自分がいかに聖書について知らないのに、知っている気になっていた」ということでした。

エホバの証人として、毎週集会に行き、大会に出席し、聖書を読み、組織の出版物を読んでいましたが、結局のところ、組織の聖書解釈を教えこまされてきたのだと分かりました。

ほぼ引用される聖句はお決まりのものばかりであり、
最初に「信者に指示したい行動ありき」で、それを後押しするための聖句を後から根拠として引っ張ってきているだけのような印象すら受けます。

そもそも、申命記やイザヤ書などの聖書の書が複数人によって今の形に仕上がっているという一般の見解すらも全く知りませんでした。

自分がいかに純粋に組織の言う通りに、教えこまされてきたのかを痛感しました。


今、組織に対して疑問を持っている方、
辞めたいけれど、自分の疑いに自信が持てないという方、
ぜひご自身の手で知識を増やしていってほしいなと思います。

それでは、今日はこのあたりで。
次回からは、具体的にエホバの証人の教理面を取り上げていきます。

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