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Robots in You - ロボット・イン・ザ・ガーデン

リフォームをしたとき、自分が持っているミュージカルのCDの大整理をした。これまでは作曲家ごとにまとめていたものを、ミュージカルのタイプ別に分け、更にキャストや上演された国別に分けて並べることにした。

演目をタイプで分けると好きなミュージカルにはいくつかのパターンがあり、自分の嗜好が見えてくる。

「見える化」をすすめる中で、理解し始めた自分の嗜好。

そして、そこにまたひとつ、好きなタイプの作品ー
いや、とても素敵な作品に出逢うことができた。

アンドロイドが人間に代わる労働力となった時代。
自宅の庭にボロボロのロボットが現れたらどうするだろうか。
デボラ・インストール原作の小説を舞台化した作品。

ロボット・イン・ザ・ガーデン

イギリスの田舎に住むベンとエイミー夫妻の庭にある日ボロボロのロボットが現れる。修復せずに放置されていた玄関の扉から庭に入り込んだのだ。
弁護士のエイミーはベンへの文句を言い連ね、最後に「そこの粗大ごみ、捨てておいて!」と怒り、出勤する。

その出勤を見送る夫のベンは仕事に行くでもなく、家事をするでもない。
彼は両親の死から立ち直ることができず、獣医師のインターンプログラムからドロップアウトしてしまい、そのまま長い時を過ごしている。
云わば「社会の落伍者」である。

見た目は人間そのもの、しゃべって動けるアンドロイドが主流の時代。
人間によってつくられたにもかかわらず、旧形に分類されるロボットは見向きもされない存在だ。

社会から見捨てられたロボットと社会のシステムから抜け出してしまった男性が出会うところから物語は始まる。

ボロボロだったが壊れてはいなかったロボットは「タング」と名乗る。
タングの中にはシリンダーがひとつ。そのシリンダーの中にある液体がタングの動力源だったがそのシリンダーにはひびが入っている。

仕事から帰ってきた妻エイミーにベンはタングを修理すると宣言。
愛想をつかしたエイミーは離婚を宣言し家を出るが、彼女の幸せをひたすら願うベンは何を言うことができず。

エイミーは家を出、そしてベンはタングを修理する旅に出る。

「きみと、人生再起動。」

身体がボロボロのロボットと心がボロボロの男性が旅をするー
王道のハート・ウォーミング・ストーリーがありきたりなものにならなかったのはひたすらに愛らしいタングのキャラクターに因るところが大きい。

このパペットで表現されるタングが実によくできている。
タングのロボット的な動きや突拍子もない行動が実に自然で魅力的なのだ。
少しくぐもったレンズの目はくるくると回り、瞼もぱちぱちと動く。

帰宅して以下のツイートを見つけ驚いた。

タングを制作していたのはToby Olie、その人だったのだ!
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーやロイヤル・オペラ、ロイヤル・バレエといった舞台でパペットなどを作っているパペット作製のスペシャリストだ。
私が実際に彼のパペットを生で見たのはロイヤル・バレエのAlice's Adventures in Wonderlandだが、チャシャネコのリアルさがアリスとの対比で面白かったのだ。

そんなタングを「操る」のはふたりの俳優(生形理菜・渡邊寛中)。
目と左手を女性が、身体と右手を男性が操作する。
女性の生形さんがタングの声をメインに担当するが、彼女の声色と表情、そしてタングの表情が絶妙にリンクし、タングというロボットが実在することを自然と受け入れられる。
もうひとりの渡辺さんはタングが興奮した時や歌を歌うとき、タングの声に厚みを出す役割をしている。1幕、まだまだ幼い「赤ちゃん」タングを演じるときは渡辺さんの声が出ることはほとんどないが、経験を経てちょっぴり「子供」に成長したタングがその感情を吐き出すとき、渡辺さんが重ねる声がタングのキャラクターに厚みを持たせる。
また、渡辺さんは表情を作らない。作らないことで生形さんに客の視線を集中させることに成功している。

実は舞台が始まってすぐ、この舞台がどう転ぶのか心配になった瞬間があった。このタングの強烈な魅力に。果たして、人間は勝てるのだろうかという点だった。
タングが出てくると彼に目が行ってしまうのだ。確かにこの物語の最重要「人物」はタングだ。ただし、彼だけに目が行ってしまっては物語のバランスが破綻してしまうのだ。

そのバランスをしっかりと引き留めたのがベンを演じる田邊真也さんだ。
田邊さんは優しすぎるベンの揺れる心をとても丁寧に歌っていく。
確かに目はタングを追ってしまう。だが、ベンの鏡でもあるタングの表情に田邊さんの歌が乗ってくると、相乗効果で観客の心が激しく揺さぶられる。

冷静に考えるとベンの弱さは同情を通り越して苛立ちを覚えるものばかりだ。何故、そこで行動をしないのだと言いたくなる。
彼の弱さと臆病さは表裏一体なのだが、人間に対してできないことをロボット相手にはできてしまう。タングには「心がある」と考え行動しているベンだが、無意識にロボットとして認識している。
この辺りに面白さを感じた。

私は劇団四季には明るくないので、他の俳優のことは分からないが、田邊ベンの豊かな表現力が主役コンビ(ベン・タング)の要となっていたことを考えると、他のキャスティングは中々想像ができない。

ベンとタングの旅の行程は沢山のダンサブルなミュージカルナンバーで綴られるのだが、主役がほとんど歌わず・踊らずその国を表現していく。タングの成長には経験から吸収するという要素が欠かせないことから、街の人たちに各都の個性を表現させる手法を取っている。

ベンとタングにフォーカスしすぎると、ミュージカルとして単調になりかねないところに街の描写をアクセントとして入れることで見るものを飽きさせないという工夫があったように思われる。
ただ、私の目線は街の様子に子供のように目まぐるしい反応を見せるタングとタングを父親のように守ろうとするベンに向かっていたことは付記しておきたい。

また、振付がいちいち憎い。
ベンは殆ど踊ることがないのだが、東京のシーンでカトウ(かつてアンドロイドの研究者だった)と雨の中歌い踊るシーンがある。ここでは傘を使ったシーンのタップにジーン・ケリーの雨に唄えばのアレンジステップが入っていたのにはストーリーの本筋を忘れて破顔してしまった。

舞台全体を演出は実にシンプルで、潔い演出だったと思う。
劇場で原作を購入し読了したが、かなり思い切って切り貼りをしたとの印象がある。歌詞で説明をする箇所も相応にあり、もう少し丁寧に描くべきポイントもあったように思うが、そうするならばストレートプレイに切り替えた方が面白いかもしれない。
ただ、タングというパペットで表現するロボットをストレートプレイにはしづらいし、ロボットを人間に演じさせることで生まれる制約を考えればやはりミュージカルがベストな選択肢だったように思う。

他方、この作品に名曲はなかった。
だが、ベンとタングが歩く世界に絶え間なく流れる緩やかな音楽。
そして、目まぐるしい変化の中にある街や社会の激しさを表現するアップテンポでリズミカルな音楽。
そのふたつが心地よい流れを生み出し、観るものの心を穏やかに、だが激しく揺さぶっていくようになっていた。

タングとベンのちぐはぐコンビのやり取りはひとりの人間が心の中で常日頃葛藤する様をダイレクトに表現している。舞台を観るとき、感情移入しようなどと思って観劇は始めないが、気が付けば心のトリガーが引かれており、タングとベンが動くと気持ちが酷く揺さぶられ、1幕の途中から涙が止まらなくなった。
これから観劇する方には観劇用に2枚のタオルと2枚のマスクを持参することをお勧めしたい。

私のミュージカルの初観劇は3歳だが、実は劇団四季の舞台を観たのは今年に入ってからで、演目は「アラジン」だった。

楽しい観劇だったが、私はひとつのフラストレーションを感じていた。
それは、出演者が酷く窮屈そうに見えたことにある。
彼らは、決められたものをレベル高くパフォーマンスしていた。いつ見ても、ハイ・クオリティの舞台を見せるという四季のレベルの高さを感じるとともに「もっとできるのに制約でやらせてもらえない」という不自由さを感じてしまったのだ。
Broadwayのアラジン出演者がこんなに窮屈そうにパフォーマンスをしていることはない。ディズニーのスタッフが全世界に均質のパフォーマンスをとして出している指標をおそらく四季は厳格に実施しているのだと思う。
「アラジン」のテーマのひとつは「自由」であるが、出演者の手足には枷が填められている。そのことが酷く残念だったのだ。

今回、劇団四季が、オリジナルのミュージカルを、劇団四季初演出の小山ゆうなで舞台化した訳だが、作品そのものの素晴らしさはもちろんだが、枷から解き放たれた演者のパワーが圧倒的に素晴らしかった。

勿論、海外の名作ミュージカルを常設劇場で上演していただくことは嬉しいが、日本起点でこういった作品を作っていって頂きたいと強く感じている。

過日、ダディ・ロング・レッグズ観劇し。
久方ぶりに小劇場ミュージカルの良さを実感させられる作品に出逢えたと喜んでいたのが、ここにきて立て続けにそんな作品に、それも日本のオリジナル作品に出逢えたことに感謝している。

この作品はひょっとしたら劇団四季らしくない作品かもしれない。
だからこそかもしれないが、劇団四季に興味がない方にお勧めしたい作品でもある。小劇場ならではの心地いい空間は演目ともぴったりだ。
もし、東京のど真ん中で3時間の空き時間が生まれたならば、その3時間の候補にお勧めしたい。
2020年は11月29日まで、年明けて2021年1月17日から3月21日まで浜松町の劇団四季自由劇場で上演している。

また、来週劇団四季が初めてのライブ配信を実施するのだが、その第一作がこのロボット・イン・ザ・ガーデンに決まっているので、気軽に観劇の門をくぐって頂けたらと思っている。

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ロボット・イン・ザ・ガーデン
2020/11/13 (金) 13:00
劇団四季自由劇場
1階8列センター

ベン 田邊真也
タング 生形理菜・渡邊寛中
エイミー 鳥原ゆきみ
ボリンジャー 野中万寿夫
カトウ 萩原隆匡
リジー  原 萌
ブライオニー 加藤あゆ美
コーリー カイサータティク
デイブ 長手慎介
ロジャー 五十嵐 春

【バイプレイヤー】
本城裕二・宮下友希・菅本烈子
【アンドロイドダンサー】
桒原 駿・塚田健人・渡邉寿宏・武田恵実・佐田遥香・軽部智子

原作 デボラ・インストール
台本・作詞 長田育恵
演出 小山ゆうな
作曲・編曲 河野 伸
音楽監督 清水恵介
振付 松島勇気
舞台装置デザイン 土岐研一
パペットデザイン・ディレクション トビー・オリエ
照明デザイン 紫藤正樹
コスチューム/ヘアメイクデザイン 高橋知子
演出助手 西尾健治
コスチューム/ヘアメイクデザイン助手 レアリー・ケイ亜樹子


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