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アメリカの教育って実際どうなの?

5月22日、私の属する最高学年(12年生)は一足先に学校最終日を迎えた。
ありきたりな謳い文句だけど、長かったようで本当に一瞬で、初めて門をくぐったあの日が昨日の出来事のように思える。
まあそれでも学んだことは沢山あって。記憶が新しいうちに、ここにまとめて残しておこうと思う。

ちなみに私は日本では偏差値60強の勉強が厳しい高校に通っている。ここでは一学年60人ほどで、9割以上が白人の小さな高校に通っている。
これから書くことはアメリカと日本のすべての高校を比べたわけじゃなくて、たった2つの高校にしか通ったことのない私の意見だってことは、心に留めておいてて欲しい。


学校生活はこんな感じ

1日のスケジュール

1時間目は8時から始まるけど、無償で朝ごはんを提供してくれるから、夜型で家で食べる時間のない私はいつも学校で朝ごはんを食べる。ちなみに1時間目のクラスは大体ごはん食べながら受けてる。許されるかどうかは先生によると思うけど笑

私の時間割はこんな感じ↓

  1. Calculas(微積分)

  2. Strength(筋トレ?)

  3. Digital photography(写真)

  4. Spanish(スペイン語)

  5. ESL(留学生用の英語)

  6. Jazz band(ジャズバンド)

  7. World History(世界史)

どのクラスを取るかは全部自分で選べる。私は留学生で大学とか気にしなくて良かったから、みんなよりお楽しみ系のクラスがちょっと多めな気。
3時には全授業終わって、その後は部活。大体いつも5時までには家に帰れる。

授業は簡単?

アメリカの授業が超イージーってのは有名な話だと思う。アメリカ人でさえ、他国と比べて学習レベルが低いことをみんな自覚してる。

私は数学のクラスを無双する気持ちで授業に挑んだけど、さすがに微積分となると実際そこまで簡単じゃなかった。それでも周りよりはできてたけど。
特に最初の方は苦戦した。何に苦戦したかって、電卓を使うこと。授業で電卓を使うのは知っていたけど、全然私の知ってる電卓じゃなかった。アメリカの電卓はグラフィングにも使われる。未だに完全には使いこなせない。

見たことないようなグラフ

でもやっぱり日本の数学よりは遥かに簡単。授業進度がものすごく遅いし、深掘りしない。でも複雑なことはしない分、幅広い知識を取り扱う。後半の方は、日本だと文系はやらない数lllとか、大学数学の範囲もやってた。

と数学のことだけ掘り下げたけど、ほかの科目も特に難しいものはなくて、私は1日のテスト勉強で最低90%くらいは取れてた。
私の日本の高校の生徒に比べて、勉強への意識はほぼないと言っても過言じゃない。大学受験は、SATっていう日本でいう共通テストみたいなものをみんな11年生で受けるけど、誰もそれに向けて勉強はしてなかった(SAT以外に成績とか実績とかエッセイとかも重視されるからだけど)。受験勉強という概念がない。

アメリカの高校の勉強は超簡単です。

なんでもOKな校則

校則は日本に比べて超自由で、ネイル、ピアス、パジャマ、髪染め、なんでもOK。
でも意外と厳しいとこもあって、お腹は1cm以上見えたらだめとか、スパゲティストラップのトップスはだめとか。

それから大麻とかベープ(電子タバコ)とか銃とか、そういうものに対して先生が目を光らせているところはアメリカを感じた。学校中にそれらを規制するポスターが貼ってあるし、ミュージカルでタバコを吸う場面はカットされた。大麻や銃を連想させる服装は着てはいけないことが、校則に明記されている。

"自由"が育てる人物像

こんなに低い学習レベルで、アメリカの高校生は堕落していかないのか?それがしていない。
Times Higher Educationによる世界大学ランキングで東大より上位に位置するUniversity of Michiganには、私の学年から2名進学する。2人とも微積分の授業にいた私の友だちだけど、私よりできていたかと言われると頷けない。自称進学校で少しだけ学歴厨にやられてしまっている私の脳は、こんなにも勉強しないで沢山の人がトップクラスの大学に入っていく事実が何だか気に入らなかった。

"頭が良い"ってどういうこと?

そんな私の考えが変わったのは、BPA、Business Professionals of Americaという、ビジネスの大会に参加した時。
BPAは全米で行われている大会で、マイクロソフトワードやマーケティング、会計などビジネスに関する沢山の部門があり、私はPrepared Speechという、あらかじめ原稿を覚えて発表する部門に参加した。スピーチには即興スピーチというもう一つの部門があり、その場で与えられたテーマで時間内に即興でスピーチをしなくてはいけない。私が驚いたのは、学校で行われた練習で、3個下の子が自信のある声で即興スピーチをしたときだ。日本語でも私にあんなことができるだろうか?
ほかの部門に参加した人たちも、素晴らしいクリエイティビティ、プレゼン力で、マイクロソフトワードやビジネスの法律については、遥かに私の知識を凌駕する。
そしてこれらの力や知識は、実際に社会に出た時、最も使えるものなのだ。

私の高校からの全国大会進出者。いちばん右が私:)))

他の場面でも、特に彼らの意見を言う力はよく目立つ。授業中に発言する時だけじゃない。日々の会話の中でも、社会や文化について彼らと意見を交わすことを、私はすごく楽しんだ。

そもそも頭が良いってどういうこと?
数学ができること?歴史の年号を覚えていること?
アジア人は、日本人は一概に彼らより頭が良いなんて言えない

自由が生み出すこと

ここからは私の仮説。
アメリカの高校生は自由だ。
学校の時間は短い。成績や受験勉強についていつも心配する必要もない。夏休みは3ヶ月近くある。
そうすると、自分の好きなこと、やりたいことに時間を費やせる。自分の将来について考えられる。培った経験や知識は、生きる力に直結する。
私が驚いたことは、将来何をしたいか友達に聞いた時、誰も「分からない」と言わないこと。それからビジネスや起業に興味を持っている人の多さ。

もちろんこれは全員に当てはまることじゃない。落ちる人はどこまでも落ちていくだろう。自由を全てスマホとビデオゲームに注ぎ込むことだってできるから。
でも伸びる人はどこまでも伸びる。スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグのような天才を生む。

日本の教育を卑下するわけではない。私たちには大学受験という制度があって、それに向かって受験勉強をすることは、勤勉な日本人がどれだけ努力したかを測る最も簡単な方法だ。

でも机に向かっての勉強だけが全てじゃない。これはティーンのメンタルヘルスのためにも言いたい。人の価値を測るのは、成績や模試の順位だけじゃない。
あなたが絵を描くのが得意なのであれば、プログラミングが得意なのであれば、お菓子作りが得意なのであれば、それは勉強ができるのと同じくらいの価値があるること。

私はここに来てだいぶ自己肯定感が上がったと感じる。それは私が勉強以外にできることに注目したから。ジャズで即興演奏ができて、絵が描けて、こういうことを考えられて言語化できる自分を誇りに思う。



うーん、何だか前回と似たような雰囲気になってしまったけど。
とりあえず、アメリカの教育制度から考えたことでした。

いつかフィンランドに行って教育体制を見てみたいなぁ。

最後まで読んでくれてありがとう:)

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