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第3章


3-1:ほころび 1

 ガキの頃の俺は、いつも、ひとりぼっちだった。

「また沖継か……」
「邪魔なんだよな、あいつ……」
「おい、別んとこ行こうぜ」
「沖継がいたら、面白くないんだよ」

 サッカーでも、野球でも、ゲームでも、絵を描いても、プラモを作っても。俺に叶うヤツはいなかった。みんなで一緒に楽しむ、競い合う、そんな形には絶対ならない。いつも俺が一人勝ちして終わっちまう。だから、避けられて、疎まれて、嫌われて。
 しょうがないよな、だって俺は特別なんだし――そう割り切れるようになったのは、割と最近のこと。小さい頃は、眠って、夢を見て、欲しくもない才能を与えられるのが本当に怖かった。苦痛でたまらなかった。
 せめて勉強だけは真面目にやろうと思っても、授業で教えてるのはほとんど知ってることばかり。おまけに学校って、礼儀とか、団結とか、集団行動とか、そういうのを訓練する場でもあるだろ? どんなに退屈でも席に座ってろ、先生が話してる時は前を向け、黒板に書いたことはちゃんとノートを取りなさい、って強制されるんだから。

 毎日が拷問だよ。今思い出しただけでも気が狂いそう。

 二年生までは何とか我慢したんだけど、三年生からは立派な不登校児の出来上がり。いってきますと朝に家を出て、そのまま学校に行かず街をプラプラして、夕方になったら家に帰る。そんな毎日。学校もそのことを家庭に知らせていたはずだけど、父さんも母さんも何も言わなかった。あえて知らないフリをして見守っていたんだろうけど、当時の俺に親の気持ちを汲めるはずもなし。結構寂しいもんだぜ? 悪いことしてるはずなのに全然怒ってもらえないのってさ。

 それでも、周囲に当たり散らすとか、グレるとか、そういうことは一切なかった。
 テレビの向こう側で戦い続ける、大勢のヒーローたちのお陰だ。

 ほら、アニメでも特撮でも、正義の味方って基本的には孤独なものじゃないか。生身の身体を捨てたり、バケモノ扱いされてたり、大きな宿命を背負ってたりして、普通の人間とは何かしらの壁がある。感情移入なんて言葉をその頃の俺が知ってたかどうかちょっと怪しいけど、このヒーローは俺と同じなんだ、辛くて苦しい思いをしてるのは俺だけじゃないんだ、っていう気持ちは確かに持ってた。
 けれど彼らには、当時の俺と違う点がいくつもあった。

 ――どんなに辛くても、傷ついても、決してへこたれない心の強さ。
 ――何があっても正義を貫き、平和を守り、みんなを助ける優しさ。
 ――特別な力は悪と戦うためにしか使わない、という自戒。

 自分の目指すべき理想はこれだ。子供ながらにそう直感した。溢れんばかりの才能は、神様が「正義の味方たれ」と与えて下さったものなんだって。
 四年生の頃に嫌々ながら少年剣道会へ入ろうとしたのも、武道が精神力の鍛錬を重んじているという話を聞いたからだった。正義の味方はやっぱ、いざって時にブレない心の強さが一番大事だしさ。毎日学校へ通うようになったのもほぼ同じ時期のこと。正義の味方がサボりの常習犯だなんて格好つかないじゃん。
 もう、一事が万事そんな感じ。俺の言動はすべて「正義の味方たれ」の一言に集約する。もちろん最初のころは上手くいかないことだらけで、相変わらずひとりぼっちなのは変わりがなかったけど、凹んだり落ち込んだりすることだけはなくなった。ヒーローに試練はつきものだって思うだけで、どんな辛いことにも耐えられたから。

 んで、五、六年生。
 身体が一気に成長して、大人へと近付き始める。二次性徴期の始まりだ。

 普通ならここらで大人社会に疑問を抱いたりして、反抗期に入ってさ、不良とかアウトローに憧れたりするもんだけどな。俺は真逆だった。ぐんと背が伸びて力がついて、ますます正義の味方らしく振る舞えるようになったから。道に迷った人がいれば自分の知ってる限り案内してあげる。怪我をして道ばたにうずくまってる人がいれば背負ってでも病院まで連れて行く。街角で隠れて煙草吸ってる学生がいたらたとえ高校生でも臆することなく注意する。いやあ、当時の俺は熱かった。痛かったとも言うけど。

 そんな毎日を繰り返してるうちに。
 気がついたら、俺は、孤独じゃなくなっていた。

 沖継はすごいヤツだと大人たちは褒めそやし、警察から何度となく表彰され、先生たちは掌を返して「我が校始まって以来の模範的な生徒」だと絶賛。テストの点さえよければ多少のワガママは聞いてくれるようになったんで、退屈すぎる授業は多少サボっても黙認してくれるようになる。水泳大会や陸上競技会が開かれるたびに引っ張りだこ。
 そのまま中学に進学、俺の身体能力の高さに興味を持った転校生の拓海が「お前、一体どうやって鍛えてんだ?」と声をかけてきて、紆余曲折の末に意気投合。んで、教え子を強姦しようとした教師をやっつけたらコノにつきまとわれ――あ、いや、友達になってくれて、下駄箱には一通、また一通と、見知らぬ女の子たちからラブレターが舞い込むようになっていく。

 さらに、俺にとって恐怖と苦痛の対象だった夢の中にも、変化が起きた。

 理想のひとが、つまり結女が、登場し始めたんだ。

 今にして思えば、結女はもっとずっと以前から、俺の夢の中に出て来ていたような気もするんだけどさ。ガキの頃はその存在がいまいちピンとこなかったのかも。恋人とか伴侶とか考えたことなかったし。心と身体が大人になって、異性に興味が芽生えてきて、それでようやく、自分にはパートナーがいたはずだって思い出したんじゃないかな。

 つーか俺、つい最近まで、結女のことをパートナーだとは思ってなかったけどね。
 何と言うか、もっとこう、畏れ多い――女神様。
 俺のやってることが間違いじゃないんだって、お前はそれでいいんだって、俺の存在を全肯定してくれて、俺の目指す正義を応援してくれる神聖な存在。百歩譲ってもお姫様とか女王様だな、戦い疲れたヒーローを癒してくれる唯一無二の理解者。いやま、本人が目の前に出て来た以上、そんなこと絶対言わないけどな。照れ臭いし。

 そうさ、俺はずっと、正義の味方になるために生きてきたんだ。
 平和を脅かす悪と戦うヒーローになることこそ、俺の夢であり、存在理由。
 そんな俺から正義を取ったら何が残る?

 何もねえよ。カラッポだよ。

 でも高校生になって、それなりに大人社会のこととか、綺麗事だけで回ってるわけじゃない世の中の仕組みがわかるようになると、正義の味方で居続けるのはまず無理だって痛感するわけだ。ガキみたいな正義感を振り回し続けてたら遅かれ速かれ行き詰まる。だから最大限譲歩して、ご家庭の平和を守るヒーローになろうと思ってた。

 ところがどっこい。

 夢の中にしかいないはずの女神様が、結女が、現実世界に現れた。
 戦う理由と、目的と、その方法を教えてくれた。

 そりゃあ、テンション上がるよ。上がらいでか。

 俺は、ヒーローになるんだ。正義の味方になるんだ。絶対に。
 迷うことなんか何もない。みんなもそれを望んでる。魔人の脅威に怯えている全ての人たち、小さい頃から世話になってきた親戚、そして両親も――。

「いいか、沖継。これだけは忘れるな」

 脳裏に浮かんでは消えていく、大勢の人たちの顔の中で。
 父さんだけが、今の俺を見て、微笑んでくれていなかった。

「男なら、女を守れ。迷わせるな。泣かせるな」

 うっせェなそんな小さい話もうどうだっていいだろ。だいたいあんたが言ったんじゃんか、結女はとびきりのプレゼントだって。ああそうさ、あいつはとびきりのプレゼントだったよ。俺を正義のヒーローにしてくれる最高の誕生日プレゼントだ。
 戦うぜ、俺は。悪を斃すぜ。斃して斃して斃しまくるぜ。
 正義のために、平和のために、みんなのために。
 そして何より、俺自身のために。


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