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第4章


4-1:追憶

 俺が拓海と初めて出会ったのは、今からちょうど五年前。
 中学一年の一学期、ある日の昼休み。

 第一印象は最悪だった。

「源沖継とか言うヤツ、このクラスにいるんだよな。どいつ? ……ああ、お前か。何だか全然凄そうに見えないな。ケンカとかめちゃくちゃ強いらしいけど、お前、どうやって鍛えてんだ? ちょっと教えろよ」
 見たことない顔だなと思ったら、この日に九州は熊本から転校してきたばかりらしい。しかも転入したのは俺と違うクラス。そんな転校生がいきなりやってきて初対面でこの図々しさと馴れ馴れしさ、いい印象なんか抱きようがない。
 鬱陶しいからその時は適当にウソついてあしらったんだけど、拓海は次の日もまたその次の日も、昼休みになる度に俺のところにやってきた。

「お前、三年の不良連中、たった一日で全員シメたんだってな」
「陸上でも水泳でも、軒並み地域のトップ取ったんだって?」
「四時間目、体育だったろ。ずっと見てたよ。凄い運動神経してるな」

 そうやって俺のことを調べ回してるだけならまだいい。問題なのはその態度。何を言っても「まあ、俺の方が凄いけどな」って付け足したいのがミエミエで。
 挙げ句の果てには。

「俺はさ、血統書付きだから」

 そんな親自慢まで始めやがった。
 曰く、父親は日本に総合格闘技ブームを巻き起こした草分け的な存在で、海外にも数多くの弟子や教え子がいるんだと。んで、自分も直々に指導を受けて修練を積んでる、大人でも俺に勝てるヤツはそうそういない、ウソだと思うなら試してみろよ、お前なんかうちの道場に来たら親父の弟子にも軽くヒネられるだろうな、ってな。
 あんまりにもムカついたんで、家に帰ってから父さんにパソコン借りてネットで検索してみたんだけど、瀬尾って名前の格闘家は見つからなかった。どうせマイナーでパッとしないまま現役を終えたショボい選手なんだろ、自分が果たせなかった夢をガキに押しつけて悦に入ってるダメ親父で、だから息子もこんなバカに育ったんだな――ってのは察しがついたんだけど、ま、それは俺の胸に秘めておくことにした。

 他人の親を悪し様に言うなんて、人として最低だ。
 でも、拓海のバカは、その一線を軽々しく越えてきやがった。

「なあ源、お前の親父さんって何やってんだ? どうせ普通のサラリーマンだろ?」

 つまんねえ親だな、そんな親元に育ったお前なんかたかが知れてる、今は凄くてもここで頭打ちだ、先がない、それに比べて俺は凄いぜ、と、こう来たもんだ。

「そういや、俺とお前、誕生日も一緒らしいな。五月二十一日。同じ年の同じ日に生まれたのに、生まれた親が違うとこうも差ができるんだな。可哀想に」

 さすがにブチ切れましたよ。
 放課後、体育館の裏に呼び出して、正々堂々ボッコボコにしてやりました。
 やれやれ清々した、もう付きまとわれなくて済むだろ、と思ったら一週間後。

「再戦を申し込みに来た。このままじゃ終われない」

 もうね、こいつはバカかと。
 俺との力量差は明白、拓海の蹴りも正拳も一発たりと俺にかすりもしなかったのに、顔面の腫れも引かないうちにリベンジなんて。返り討ちにされるのがオチだって程度の推測もできないのかと。

 案の定、その日も俺の圧勝。
 んでその次も、またその次も。

 途中から可哀想を通り越して憐れになってきて、適当に手を抜いてたんだけどさ。そうするとダメージが回復するまでの間隔が短くなって、すぐ再戦になっちまう。
 いっそ骨でも折るべきか、二度とケンカのできない身体にすりゃいいのか。そんな物騒なことを割と本気で考えてたんだけど。

 校内清掃の時間中、拓海のクラスメイト数名とたまたま一緒になって。

「なあ、源……。お願いがあるんだけどさ……」

 拓海にもっと優しくしてやってくれ、と嘆願されたんだ。

 話を聞いてると、どうも拓海はクラスメイトの間じゃ「心優しい力持ち」みたいな認識になってるらしくて。すっかり打ち解けてんの。みんな本気で心配してんの。
 いやいやそんな訳ねえだろ、あいつ俺にこんな最低なこと言いやがったんだぜ、何度ボコっても謝ろうともしねえし――とつい言ってしまった。本人がいないところでそいつを貶すなんて俺のポリシーに反するんだけど、正直言うと、転校してきて間もないのにこんなにも友達が出来てるあいつがちょっと妬ましかったんだ。その頃の俺はまだ独りぼっちも同然だったし。

 でも、それを言ったら、拓海の隣の席だってヤツが急に頭を下げてきて。

「……それ、多分、俺のせいだ」

 どうしても源沖継と手合わせしてみたい、どのくらい凄いのが知りたい、でもまともに相手もしてくれない、何かいい方法はないかって、拓海はかなり真剣に悩んでたらしい。だからそいつは軽い気持ちで「いっそ怒らせてみたら?」とアドバイスしたそうだ。自分がされたら嫌なことをやりつづけたら、源もキレて殴りかかってくるだろ、って。

 でも、そのことを拓海に問い質してみたら。

「そんなのは知らない」

 知り合って一ヶ月そこそこのクラスメイトを庇いやがった。俺が自分で考えて俺の責任でやってることだ、誰のせいでもない。親の悪口言われて憎いなら真っ直ぐ俺にぶつけてこい、最近手加減してるのはわかってるんだぞ、と。なかなか男気ありやがる。
 しょうがないんで、久々に本気でブチのめしたんだけど。

「何でだよ……。何で一発もかすりもしないんだよ……!!」

 地面に這いつくばって男泣きですよ。

 その時、ようやく察しがついた。
 こいつは真剣なだけなんだって。

 最初にウザいと思ったのは、初対面の俺に一生懸命自己紹介しようとしたのが滑ってただけで。俺に対するイヤミとか親への悪口も、自分がされたら一番嫌なことの裏返しだって言うなら、拓海が親父さんをそれだけ尊敬してるってことだ。その親に英才教育を受けて毎日鍛えてるってのが、そのままコイツの誇りなんだろう。

 それを、才能頼みで大した努力もしてない俺なんぞが、鼻先であしらい続けてる。

 そりゃ悔しいだろ。引くに引けねえよ。自分がこんだけコテンパンに負けるってことは、自分に期待を寄せてる親父さんまで敗北してるのと同じ。力量差なんか関係ない、せめて一矢報わなきゃって意地にもなるだろうさ。

 だから、俺は言ってやった。

「お前さ、一旦間合いを詰めた後、退くと見せかけて回し蹴り、ってのが得意技だろ」

 涙で汚れた拓海の顔に、何で知ってるんだ? と書いてあった。

「他の技と比べてそれだけキレが段違いだしな。嫌でも気付くっつーの。相当練習もしてるし自信もあるんだろ? でもそれって逆に言えば、退き際の回し蹴りを出すチャンスをわざとこっちが作ってやれば、お前は必ずその通りに動くってことじゃん。言ってる意味わかるか?」

 その時の拓海と言ったらもう。一言一句聞き逃すまい、みたいな顔で。

「必ず来るとわかってる技なら、防ぐなり躱すなりいくらでもできる。隙だって突き放題。お前が得意技を出す度、俺に主導権を渡してんのと同じだ。これで勝てるはずあるかよ。……お前、確かに凄いよ。同い年でお前に勝てるヤツなんかそういないと思う。そんだけ練習もしてたんだよな。つまり、それしかしてなかった」

 こんなこと言って、もしコイツが強くなったら、後々面倒なことになる。
 それはわかってたんだけど、弁が止まらなかった。

「昔の武士が碁やら将棋やらを好んでやってた理由、考えたことあるか? 人間相手の戦いってな、究極のところは騙し合いだぞ。一定のレベルを越えたら力押しだけじゃ勝てねえよ。組み立てを考えろ、先の先まで展開を読め、身体鍛える以上に頭も鍛えろ」

 んで、次の日の昼休み。
 拓海のヤツ、将棋盤と駒を抱えて俺んとこにやってきてさ。

「徹夜で将棋のルール憶えてきた。勝負しろ」

 もちろんコテンパンにしてやりましたけどね。次の日も次の日もその次の日も。

 いつだったかな、わかんないように手を抜いて時々苦戦を装ったことがあったんだ。さすがに毎日毎日、一方的に負けっ放しだと、拓海も面白くないだろうと思ってさ。
 でもそうすると、烈火のごとく怒りやがんの。

「おい沖継、今日は手を抜いてたな。ふざけるな勝負を穢すんじゃない。俺はお前に勝つため全力でやってるんだ。お前も絶対手を抜くな」

 驚いたよ。ほんと初めての経験だった。沖継は特別だ、俺たちとは違う、あいつはいつも勝つから面白くない。ガキの頃はそうやって離れていくヤツばっかだったから。
 でも、拓海だけは最後の最後まで諦めなかった。負けてるのは今だけだ、最後に勝つのは俺だって、その一線だけは絶対に譲らなかったんだ。なんという負けず嫌い。
 もちろん気概だけじゃない。筋も悪くなかった。一度は通じた定跡もすぐ通じなくなったし、もともとアタマの回転は早い方なんだろうな。ただまあ相手が悪いというか何と言うか、俺相手じゃなかなか競り合いにならなくて、いずれ将棋にも飽きてきて。気分転換に今日は碁にしようぜ、碁が飽きたらポーカーだ、それにも飽きたらUNO――あ、これ二人じゃできないよな。その頃にはもうコノが混ざるようになってたんだっけ?

 んで、三人でゲームの貸し借りとか、雑誌の回し読みもするようになって。
 気がついたら、俺たちはすっかり友達になってた。

 あーいや違うな。この頃はまだ単なるなし崩しで、拓海のことを弟分みたいに思ってたっけ。しょうがねえなお前はもう面倒臭ェけど相手してやんよ、って。ほとんどコノと同じような扱いだ。対等以上の大切なダチだとは思ってなかった。

 その認識を改めたのは、やっぱあの時か。

 一年後、中二の夏。修学旅行の最中。旅館のテラスでバカ言いながら雑談しててさ。

「なあ、沖継。お前、将来の夢とか目標みたいなの、持ってるか?」

 どういう流れでそんな話になったのかは憶えてないけど、拓海はやたら真剣だった。

「うーん、あるっちゃあるけど……他人に言うほどのことでもないし」
「何だよ、教えろよ」
「ヤだよ」

 正義の味方なんて言ったら笑われるのがオチだろって、その程度の分別は俺だって持ってるよ。意外とガキっぽいなとか思われるのもシャクだしさ。

「よしわかった。じゃあ、俺の夢を先に教えてやる」

 どうせ親の跡を継いで格闘家だろ、くらいに思ってたんだけど。

「俺はいつか、正義の味方になりたいんだ」

 ほんともう、その顔がクソ真面目。

「親父の道場で訓練してるのも、いつかお前に勝てるようになろうと思ってるのも、全部そのためだ。できれば変身ベルトやパワードアーマーが欲しいとこだけど、俺が生きてる間にそんなの発明されそうにない。だから生身で、徹底的に鍛えて、限界まで強くなりたい。身体もそうだけど精神面も人格面も。あいつにだけは敵わない、人類最強、あらゆる悪が俺の名前を聞くだけで震え上がるくらいに。……笑っていいぞ? 慣れてるし」

 笑えるかよ。笑うもんかよ。
 ほんと、ダテに同じ日に生まれてねェな。根っ子のところがまるで同じだ。

 拓海のことを、本当の意味で認めた瞬間だった。
 だとすれば、俺も、今までと同じ態度じゃいられない。

「……外に出ようぜ」
「?」
「試してやるよ、お前に、正義の味方を語る資格があるかどうか」

 ちょっと言い草が偉そうなのは勘弁して欲しい。当時の俺はそういう年頃だったんだ。ホンモノの正義の味方は俺だけだ、お前なんかその手伝いがせいぜいだって、そういう自負もちょっとだけあったしね。
 そんで、旅館の駐車場で、一年ぶりに対決をした。フルコンタクトじゃなくて寸止めの組手だけど、気持ちだけはお互いガチだったよ。結果的には俺が勝ったけど、それは三本勝負で二本取ったって意味。一本は拓海に取られた。俺の油断もあったんだけど言い訳にはならない。負けは負け。

「くそっ、まだまだこんなもんかよ……!!」

 拓海は本気で口惜しがってたけど、俺は度肝を抜かれてた。去年と全然比べものにならねえくらい成長してやがる。どうやりゃたった一年でそこまで変われるんだ、うかうかしてたらホントに俺を追い抜くんじゃないのか――本気でそう思った。

 めちゃめちゃ嬉しかった。

 いやその、我ながら変だと思うんだけどさ。本当ならもっとこう、てめえなんかに一本取られた自分が情けない、悔しい、二度と負けてなるものかって、自分の性格的にもそうなりそうなのに、この時はただひたすら、もォのっすごォく嬉しくて。

 以後、俺は拓海の前で一切隠し事をしなくなった。変な格好付けも止めた。会話の途中で冗談半分に混ぜっ返すクセがついたのもこの頃だ。

「沖継くんって最近、拓海くんと一緒の時は脳味噌と口が直結してるよね……」

 呆れ半分でコノに突っ込まれたけど、別に直すつもりもなかったな。だって拓海のヤツはいつだって必要以上に生真面目なんだもん、俺が適当にふざけて茶化さないとバランス取れねェし。
 他にも、拓海から組手を請われればいつだって快諾するようになった。できる限りのアドバイスもした。それが逆に、俺の成長を促すことも――新しい夢を見るトリガーになることもしばしばで。拓海が成長してまた俺が突き放すの繰り返し。
 けど、お互いの力量差はちょっとずつ確実に埋まりつつあったし、俺たちはいつからかそんな状況を楽しみ始めていた。いやま、当時の拓海の本心がどうかはわかんないけど、少なくとも俺はめっちゃ楽しかったよ。気がついたら俺は拓海と四六時中一緒に連みっぱなし。月に何度か、親父さんの仕事が休みになってみっちりトレーニングを受ける日以外、二人して毎日毎日ずーっと一緒に――。

 ケンカに明け暮れてました。

 だってしょうがないじゃん。正義の味方が二人だぜ? うっかり両雄並び立っちゃったんだぜ? 西にカツアゲあれば行って全額弁済させ、東に不良グループの諍いあれば力尽くでも仲裁してお説教、南に万引きあれば自主的に見張りを引き受け犯人を捕まえ、北に暴走族が出れば眠い目擦って夜更かししてでも撃退だ。そのうちに地域の不良どもが団結しはじめて、ラスボスよろしく例の鼻曲がりのリーダーが出てくるんだけど、あ、当時はまだ鼻曲がってないんだっけ。
 まあその、周辺地域のアウトロー連合と全面戦争みたいになっちゃってさ。こっちは何も悪いことしてないんだから退くに退けないでしょ。しょうがないじゃん。

 それらを結果的に、全勝無敗で切り抜けられたのは、拓海がいたからだ。
 あいつが、俺の背中側をカンペキに守ってくれてたからだ。

 今にして振り返れば、この時期が――中学二年の秋から高校一年の初冬までが、十八年ちょっとの俺の人生で一番楽しい時期だったのかもしれない。ガキの頃の辛かった記憶も単なる過去になり、すっかり風化して何の痛痒も感じなくなっていた。あれは拓海っていうダチと出会うまでに必要な通過儀礼だったんだって、そう思うだけで全て許せたから。

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 こんな楽しい日々は、永遠に続くに違いない。
 俺は根拠もなく、心の底からそう信じてた。

 いつか拓海の方が俺より強くなっても、その時は俺が拓海の背中を守ってやればいい。この先俺たちが大人になってどんなに歳を取っても、世の中がまるっきり変わってしまっても、俺たちは永遠にダチで相棒でライバルで、正義の味方であり続ける。

 俺たちの出会いはきっと、神様がかくあるべしと定めて下さった、運命なんだ。


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