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女神と俺とゴールドシップ

 十代の頃、北海道で得難い経験をした僕は、その後、馬という生きものの魅力に取り憑かれ、乗馬を趣味とし、馬に関係する仕事の道を歩み始める……などということはまったくなかった。
 
 四国の実家近辺は、地域まるごと「馬」ってものに縁がなかったのよね。前に話した幼少期の思い出も実際には馬じゃなくて牛だったし、お祭りで練り歩く山車だし牛鬼だし、趣味人の富農がやる娯楽といえば乗馬よりも闘牛だったし、通学路の途上で普通に牛を見かけるくらいには牛とともに生きて牛を推している地域だったんですよ。
 今こうして挙げてみてびっくり。うちの故郷って牛が好きすぎと違う?
 北海道旅行から戻ったら、もう、日常の中に馬なんて影も形もない。これではせっかくの“想い”も育ちようがないよね。
 
 考えてみると、人と牛の関わりは近代以降ほぼ酪農や農業オンリーだけど、馬にはもう少しイメージに幅があるんだな。騎馬隊をはじめ軍用とされた時代も長かった。汽車や自動車が登場するまでは間違いなく陸運の切札だったし、今も観光用の馬車が走ってる地方都市は結構ある。むしろ都会の方が生きている馬を見かける機会が多い印象すら。
 それはおそらくひづめに蹄鉄が不要か必要かなんて話も絡んでくるんだろうね。鍛冶師や製鉄業と縁が薄い土地では馬は活躍できない。つまり馬とその関連産業には、都会から遠すぎず近すぎずの距離感がどうしても必要なのかもしれない。
 
 まあ、馬産だの乗馬だのの話は置いておこう。
 アクセスしやすい娯楽である「競馬」についてはどうだったか。
 
 実は、こっちも個人的にはとんと縁がなかった。
 
 馬券を自分で買える歳になっても、競馬には近付こうともしなかった。オグリの時は「たまたま」だという自覚もあったし、そもそも競馬って素人がいきなり始めるギャンブルとしてはめっちゃハードル高いからね。馬柱の情報なんて競馬新聞を見ただけじゃ読み取ることもできないもん。
 
 ただ、物理的には競馬と近かった時期もあったのよ。20代の末から30代のはじめにかけて北海道の日高地方に3年弱ほど住んでたんで。ばんえい競馬で有名な門別競馬場(ホッカウドウ競馬)が住んでた場所の目と鼻の先だったのさ。
 でも、ただの一度も行ったことなかった。
 なんせ永元千尋という男は、自分の人生をまるごと掛金にして文筆業で食っていけるかどうかの大博打を挑んでいたようなところがございまして。娯楽としてのギャンブルそのものを遠ざけてたんですよ。宝くじもパチンコも例外じゃなかった。自分の運を遊びの中でり減らすような真似はしたくない、そんな気持ちだったんですわ。
 
 そうして。
 
 オグリキャップと乗馬の体験、そして馬という生きものへ抱いていた不思議な感情は、大事に大事に封をされて、記憶の奥底へ。
 
 それが蘇るのは、およそ30年後。
 競馬をテーマにした例のゲームが歴史的なスマッシュヒットを飛ばすまで待つことになる。

 
         ○
 

〔ウマ娘 プリティダービー〕

 サービスインは2021年2月24日だが、個人的にはその半年くらい前からすでに縁があった。当時Cygamesさんが開発スタッフを大々的に募集していて、自分もそこへ外注スタッフとして応募、採用が決まっていたからだ。
 ただ、その時は辞退させていただいた。
 
これはCygamesさんにはまったく瑕疵のないこと。もちろん僕にも罪はない。間に入った人材派遣会社の担当が100%悪い。なぜだか知らないが僕のことをスクリプト担当としてCygamesさんに売り込んでいたのだ。

「僕はシナリオライターで、骨の髄から文系で、スクリプトとかコーディングみたいな作業は本当に苦手なんだって言いましたよね?!」
 
 と、クレームを入れても。

「でも、せっかくCygamesさんの採用が決まったので、大手なので……」

 みたいなことしか言わないの。
 大手かどうかは関係ないのよ。働く側からすれば何より大事なのは仕事の中身なのよ。スタッフもクライアントもだまくらかして結果だけ得れば良しとするその姿勢、正直どうなの?
 とにかく自分のところの人材を大手に潜り込ませ、うちのスタッフとしてカウントし、数字さえ上げてしまえばこっちのものだという魂胆だったんでしょう。当時はマジで怒髪天だったよ。この国の人材派遣業ってほんと歪んでると思う。当然この派遣会社とはそれっきり縁を切りました。

 ただ、それはそれとして。

 「ウマ娘」という作品自体、当時は正直、ピンと来ていなかったんだな。

 だってさ、馬なんだよ。馬。
 前回の記事でも触れたけど、あいつら人間の目の前でぼっとんぼっとん巨大なクソは垂れるし滝みたいなおしっこも平気で出すんでね。なまじ本物の馬と触れ合った経験があったせいで、それを擬人化して美少女になるという発想がなかなかすんなり呑み込めなかったのだ。

 あと、ウマ娘を構成する大きな柱であるスポ根モノという要素もちょっと苦手だったかな。なにせ青春時代、全国大会をガチで目指していた剣道部に紛れ込んでしまったので。体育会系のいいところも悪いところも実体験として嫌というほど知っているわけです。
 勝つか、負けるか。それによって全ての序列が決まる世界。勝者は賞賛され、敗者は影に隠れるように去っていく。先輩後輩の序列。剥き出しになる闘争心。俺の方が上だ、あいつには負けない。マウントの取り合い。
 正直、しんどい。
 もちろん、物語として不要なところを覆い隠して上手に盛り上げれば、いくらでも名作が出てくる一大ジャンルであることは間違いないんですよ。単に僕がスポ根モノは苦手だというだけの話です。

 もっというなら、歌って踊って笑顔をふりまくアイドル要素も得意じゃなかったな。レースでセンターのポジションを獲り合って最後にライブするってどういうことなんだと。
 だってさ、普通に考えたら、レースで2着と3着の子とか悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて泣いてるのが普通だと思うのよ。勝負にかける想いが本物であればあるほど。そんな状態でまともに歌ったり踊ったりできなくない……?
 自分だったら絶対ステージで泣き崩れるぞ。個々のファンもそんなのわかってるだろうし、残酷どころの話じゃなくない???
 
 と、思ってたんだけど。

 みなさんご存じの通り、ウマ娘はサービスイン直後からソシャゲ界隈の覇権をかっさらう大人気ゲームとなりまして。

 へー、そんなに面白いのか。だったらちょっとやってみようか……とはなかなかなりませんわな。コンテンツ過多のこのご時世、自分があんまり得意じゃないジャンルの要素を掛け合わせたものに手が伸びることはまずないのよ。特にソシャゲは時間泥棒だしさ。始めるにも勇気が要るのよ。

 
          ○
 

 ただ、ここまでの話をまったくすっ飛ばして、かなり強く興味を惹かれる要素があったのね。

 ゴールドシップのキャラデザイン。


 銀髪のぱっつんロング、朱色のドレス、ロングブーツ。
 なんじゃこの自分のツボを百烈拳で突きまくるような美少女は。
 そのころSNSで溢れていたファンアート等の情報によると、彼女はとにかく破天荒。なんと「第四の壁」も平気でブチ破るくらいだとか……どういうことなんだよまったく意味がわからんのだが???

 自分、曲がりなりにもプロの文筆屋さんだし。ソシャゲのお仕事もいつ手がけることになるかわかんないので、界隈を代表するような流行ってるゲームはちょっとでも触って勉強しておくに越したことはないのよね。
 うん、理性ではそう思っていたんだけど。
 それでも、スマホの容量を数ギガ削ってゲームを入れるところまでは踏ん切れなくてですね。最終的には────

 夢に出た。

 
         ○
 

 ────その時、僕は競馬場のターフに立っていた。観客も関係者も誰もいない。無限に広がる草原を思わせるコース上に、穏やかな風が吹き抜けていく。

 そんな僕の傍らに、彼女ゴールドシップはいた。

 穏やかな微笑み。歩み寄ってくる。手と手が触れ合い、指が絡み合う。
 恋人同士などという言葉でも足りない。僕と彼女はそのくらい心が通じ合っていた。芝生の上に腰を下ろす。彼女もそれにならうう。二人で大きな大きなメインスタンドを見上げる。

 いろいろなことがあったな。お前も大変だったろう。
 僕はそんなことを言ったような気がする。
 でも、彼女は微笑んで首を横に振る。
 あなたがいてくれたから平気だった、と言ったのだったか。それとも、あなたが来てくれたからもう平気、と言ったのだったか。よく憶えていない。

 彼女が、自分の膝の上を、ぽんぽん、と叩く。
 意味はすぐわかった。僕は素直に甘えることにした。
 膝枕のあたたかさとやわらかさを感じながら、ターフの上を吹き抜けていく風の優しさに包まれながら、僕はそっと目を閉じて……。

 突然のゴジラ来襲!!!!!!!!!!!!!


 何でだよ意味わかんねえよとか言ってはいけない! 夢の中では怖ろしいことが突然起きるものだ! ゴジラが咆える! 放射熱線! 破壊されるスタンド席! そしてヤツはコース上にいる俺と彼女に気がついた……ってこいつゴジラはゴジラでもよりによってGMKじゃねえか!!!!!!!

 ヤバい! コイツはマジでシャレにならん……!

 逃げ出す俺と彼女! このままでは追いつかれる! だから俺は叫んだ! 俺のことはいい、お前一人なら逃げられる、お前は足が早いから、お前だけでも逃げてくれ!
 彼女は涙ぐみ首を振る。あなただけ置いて逃げるなんてできない、と言ったのだろうか。それでも俺は彼女を促す。いいから逃げろ、逃げてくれ!

 結果、俺は一人で、GMKゴジラに踏み潰されて────

 目が覚めた。


 
         ○
 

 「第四の壁」を平気でブチ破るとは聞いてたけど。
 よりによって人の夢にまで出てくるか?

 しかし、そこまで熱心に勧誘されちゃあ仕方がない。

 なろうじゃないか、トレーナーに。
 やろうじゃないか、ウマ娘を。
 さあ、レッツ・インストール!
 

 で、まんまとハマりましたよね。


 特にゴルシのシナリオは最高でした。さっきスポ根モノが苦手だと言いましたけど、ゴルシのヤツはそもそもスポ根なんて知ったこっちゃないし、レース後のアイドル要素なんかも「私は天才だから何でもやってのけるが?」くらいのノリだしね。ホントにもうびっくりするくらい、僕が苦手な要素いっこも出てこなかったの。好き!
 強いて言うなら、夢に出てきた時とだいぶ性格が違うってことくらいですか。お前もっと楚々としてたやんけ。なのに実際は俺が逃げろっていう前に一人でとっとと逃げてそうな性格しとるやんけ。アレは別人か? 別人やったんか? ゴルシの皮を被った競馬の女神様とかそういうアレやったんか???

 ただ、アレだ。
 もしもゲーム中のゴールドシップから、

「なぁなぁ。なんでアンタ、アタシのトレーナーになったんだ?」

 って訊かれることがあったとしたら。

「ゴジラに踏まれたから」

 って答えたら、涙流してゲラゲラ笑いながら大喜びしてくれそうなヤツではありました。

 ほんと、めちゃくちゃゴルシばっか育ててましたよ。
 それしか眼中にないって勢いで。


2023/09/03

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