珈琲と絵の具902補正

キリマンジャロとアルシュ

大学1年の時、ある決め事をした。それは、

珈琲はキリマンジャロしか飲まない

ということだった。
珈琲には幾つかの銘柄がある。酸味が強いとかコクが深いとか、銘柄によって謳い文句は違うものの、飲み比べてみてもその違いが分からなかった。違いの判る舌を得るにはどうすればいいのだろう?

もしずっと同じ銘柄だけを何年も飲み続ければ、ある日、違う銘柄を飲んだ時に違いに気づくのではないか…?

ふとそう思ったのだ。
そしてその銘柄を一般的には酸味が強いとされているキリマンジャロに決めた。山の名前が好きだったからだ。
大学を卒業したら、今度はモカばかりを飲んでみよう。そう考えていた。

豆を買ってミルで自分で挽いて珈琲を淹れた。珈琲店に入ったら必ずキリマンジャロを注文した。もちろんブラックで。インスタントは完全NG。
吉祥寺の有名珈琲店に行って学生の懐には厳しい値段のキリマンジャロを味わった。キリマンジャロが無い喫茶店では珈琲ではなく紅茶を飲んだ。
「オススメは当店自慢のブレンドです」と言われてもキリマンを注文した。こうして大学4年間を過ごした。

大学を卒業したある日。珈琲店でモカを注文した。

違いは解らなかった

実は途中から気づいてはいたのだ。珈琲の銘柄による違いよりも、豆の焙煎の具合、挽き粒度、淹れ方などの方が味に大きく影響するのだ。同じキリマンジャロでも店によって味が違う。有名店は苦く、一般客相手の店はあっさりとしている。そもそもの基準となる味が見つけられなかったのだ。

アルシュという高級水彩紙

透明水彩で絵を描くにあたって、最も仕上がりに影響する画材は何か?
という問いに対して、殆どの画家がだと回答する。

初心者の頃の自分は紙の違いが技法を左右するという事が実感として解らなかった。いくつかの紙で実際に描いてみて、いつくかの技法を試してみて、ようやく紙の違いに気づいていく。

フランスのアルシュという水彩紙は多くの画家が絶賛する。どのような技法にも対応し発色もいいと言うのだ。ただ一つの難点は、高価なこと

こんな高価な紙を初心者がバンバンと練習で使える訳がない。使ったとしても良い絵が描ける魔法の紙ではない。相応の技術があって初めて活かせる水彩紙なのだろう。

もちろん私はまだ使った事が無い。いつか使う日が来るのが楽しみなのだ。絵の具を置いた瞬間

ああ、違う!!

と感じたいのだ。ただ、珈琲のように違いが解らなかったとしたら、自身の到達点が低いという事になるのだが。

最初から珈琲の最高峰ブルーマウンテンを飲んでも、その素晴らしさは理解出来ないだろう。下から積み上げてからこそ見える世界もあるのだ。


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