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[法案調査] mRNA研究等の法整備。法令順守コストは軽減されるのか

要旨 - Summery

2024年参議院 第213回国会にて議論される「再生療法等の安全性の確保等に関する法律及び臨床研究法の一部を改正する法律案」について浜田聡参議院議員の依頼で調査を行ので、その結果を依頼に基づき公表する。

(参考)第213回国会(令和6年常会)提出法律案 ー 厚生労働省
(参考)新旧対照表

背景 - Background

再生医療等の安全性を確保等に関する法律は、2013年に議員立法で規定された。

再生医療の最も基礎的なものは、表皮細胞をシート状に培養したものを用いた皮膚移植である。臨床研究は1985年より開始され、2009年に再生医療では本邦で初めて保険適応となった(1)。

現在保険適応されている再生医療は7種であり(2)、治療および研究に関しては厚生労働省が設置するe-再生治療に情報が集約されている(3)。

再生医療および研究においては第1種~第3種再生医療の3区分があり(4)、e-再生治療ウェブサイトでは区分ごとに治療計画が公開されている。

この区分は再生医療のリスクの大きさに対応している。再生医療のリスクとは、細胞を無制限に増殖させる仕組みが、移植組織の癌細胞化や感染等と密接に関わっていることを意味する。

例えば組織細胞培養技術によって得られた自分自身の皮膚細胞や脂肪組織・リンパ球・血漿由来成分など、すでに分化した細胞およびその分泌物は、低リスクとして第3種に。自己脂肪由来幹細胞など、自己の未分化細胞は第2種。ES細胞やiPS細胞など(癌細胞も含め)様々なものに分化できるよう調整されたものは第1種再生治療に分類されてきた。

この中で近年「核酸工学」という分野ではmRNAを体内に送り込み、心不全治療や骨折治療、ワクチンとしての利用等の研究が活発となっている。新型コロナウィルスに対するmRNAワクチンも、核酸工学研究の実用例といえる。

本改正案では核酸工学など新たな遺伝工学・再生医療技術について、従来の再生医療提供基準の順守を義務付けることで、迅速かつ安全な提供および普及の促進を図ることを目的とした。

(1)より引用 現行の3区分

(1) 皮膚の再生医療について ー 再生医療ナビ
(2) 再生医療とは?日本の保険適用7種の治療も含め、わかりやすく解説! ー 国際幹細胞普及機構
(3) e-再生医療 再生医療等の各種申請等のオンライン手続サイト ー 厚生労働省
(4) 再生医療法施行規制改正について ー 厚生労働省 医政局健康開発振興課
(5) 「 脾臓にmRNAを送り届け、ワクチンへ応用 」【内田智士 教授】 ー 国立大学法人 東京医科歯科大学


法案の概要 - Method

厚生労働省が発表した法律案の概要

1,再生医療等安全確保法の対象拡大及び再生医等等の提供基盤の整備

・特定細胞加工物を特定細胞加工物 ”等” に改める。これは核酸等を用いる医療技術 = 細胞加工物を用いない遺伝子治療 = 人の体内で遺伝子の導入や改変を行うもの = 核酸工学を用いた再生治療法を指すものと推察される(再生医療等の安全性の確保等に関する法律 全般)。

・再生医療等委員会の認定規則において、認定してはならない条件を明記(第二十六条 5 新設)。また認定の取り消しに第二十六条 5の内容を含めるとともに、虚偽報告を追加(第三十三条 五・四)。

2,臨床研究法の特定臨床研究等の範囲の見直し等

・「臨床研究」の範囲を拡大する。治療目的で医薬品等を用いてその有効性や安全性を明らかにするとき、「人の心身に著しい負担を与える検査」と厚生労働省令で定めたものを伴う場合、臨床研究に含める(臨床研究法 第二条)。

・「特定臨床研究」の条件を緩和する。特定臨床研究とは国内で未承認あるいは適応外の医薬品を用いて行われる臨床研究を指し(国の承認を得ることを目的として行われる「治験」は除外する)、認定臨床研究審査委員会及び厚生労働省に必要事項の報告・確認が義務付けられている
具体的にはすでに承認されている医薬品・医療機器・再生医療等製品の適応外による臨床研究を行う場合、従来であれば特定臨床研究に該当することろを、「健康上のリスクがすでに承認されている用法容量と同程度以下」と厚生労働省令で判断されたものは特定臨床研究から除外する(臨床研究法 第二条2 ロ・ニ・ヘ)。

・上記に関する厚生労働省令の制定改廃、あるいは臨床研究実施基準を定めるとき、厚生労働大臣はあらかじめ厚生科学審議会の意見を聞くよう規定する(臨床研究法 第三十五条の二)。

(6)より引用

(6) 特定臨床研究とは ー 厚生労働大臣認定 千葉大学 臨床研究審査委員会

事前評価 - Assessment

1,再生医療等安全確保法の対象拡大及び再生医等等の提供基盤の整備

・核酸工学の発展に伴う広範な条文の改正であるが、そのほとんどは細部修正であり条文総量としては概ね増減はないため、妥当であるといえる。

・再生等認定委員会の不認定条件の新設であるが、条文の純増ではあるものの、同種既存の条文と共通する内容であり、概ね妥当といえる。

2,臨床研究法の特定臨床研究等の範囲の見直し等

・検査方法に基づく臨床研究対象範囲拡大については、規制強化といえる。その妥当性は厚生労働省令に依存しているため、行政の裁量権増強となる。これまで臨床研究と位置付けられていなかったものが臨床研究に含まれることで、(特定臨床研究とちがい)努力義務であったとしても医療・研究機関側に法令順守コストが発生する。

・医薬品等の適応外使用による臨床研究を、特定臨床研究から除外するならば規制緩和であるといえる。
執行実務においてはかなり広範な規制緩和となるため、医療・研究機関側の法令順守コストは大幅に削減されることが期待できる。

・これらの線引きは厚生労働省令に規定されるが、制定改廃には厚生科学審議会に諮る必要がある。委員出席手当等が増加するのであれば、行政コストの増加である。本改正案公布直後はやむを得ないとしても、将来的経常的な行政コストの増加とならないよう留意が必要である。

3,予算及び行政コスト、2対1ルールの観点

・本改正案に予算はなく、厚生科学審議会に関する行政コストと、医療・研究機関における法令順守コストが論点となり、各項にて既に評価した。

・2対1ルールの観点でいえば、医薬品・医療機器・再生医療等製品について重複している条文が多く、将来的に整理統合した一つの規制へと簡素化できるのではないか。

想定質問 - Discussion

1,省令規定による裁量権増大の制限

心身に負担を与える検査方法を伴う場合を臨床研究に含める改定であるが、厚生労働省令によってどの程度を「心身に負担」と定義するかによって、医療・研究機関の法令順守コストは大きく変わる。
負担には侵襲・身体拘束・時間高速・放射線被爆などが考えられるが、その程度は様々で、被験者個々人によっても負担感の受け取り方は異なる。
そこで条文中に対象となる負担のおおよその程度を付記する必要があるのではないか問う。

2,患者同意文書一本化における法令順守コストの軽減

心身に負担を与える検査方法を伴う場合を臨床研究に含める改定であるが、臨床研究法における努力義務を遵守するならば、医療・研究機関側の法令順守コストは大きくなる。
実務を見てみると、もともと明らかに心身の負担となる検査法については同意書などが必要であることが多い。臨床研究申請に必要な患者同意書はこれと重複する内容が多く含まれるため、必要な内容を網羅した1文章に対する1回の患者同意サインで済ませることができるようにする等、医療・研究機関側の法令順守コストの軽減の意識はあってしかるべきである。
こういった法令順守コストへの配慮は十分講じられているか、問う。

3,厚生科学審議会の手当についての留意

本改正案により、「心身に負担のある検査法」および「特定臨床研究から除外する適応外使用」について検討する必要から、厚生科学審議会の負担は大きくなり、出席手当など行政コストが増加すると考えられる。
この行政コスト増分はどの程度となるか、将来的経常的な増加が見込まれるのかを問う。

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