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ステファニー・ケルトン教授『The big myth of government deficits』TED講演(日本語訳)

2021年8月のStephanie Kelton教授による『The big myth of government deficits』と題されたTED talksの、日本語訳による書き起こしです。

ケルトン氏本人のエントリにおいて原稿が公開されていますので、英語の原文が知りたい場合にはこちらを参照してください。以下、日本語訳による書き起こしです。


 何かが壊れたとき、それは私たちにとっては好機でもあります。そのピースを拾い上げて古い方法で元の形に復元することもできるし、より良い別の構築方法を探すこともできます。新型コロナウイルスは全てを破壊しました。コロナは、雇用、教育、医療、住宅など、私たちの経済における多くの不足しているものにスポットライトを当て、不平等がそれらをすべて悪化させていたことを顕在化させました。

ここアメリカのみならず世界中で、各政府は、いくつかの特筆すべきことを実行しました。
人々が食料を買い、家賃を払うのを支援するために直接現金を給付しました。無料の新型コロナウイルス検査を提供し、ヘルスケアをより多くの人口をカバーするように拡大しました。経済の多くが一時的にシャットダウンされている間、事業継続を助けるための資金を企業に対して提供しました。大学に行くためにお金を借りた何百万もの人々の債務を免除しました。上記の全てとそれ以上のことは、増税やその財源をどうするかといういつもの質問をめぐって長引く論争なしに、実行されたのです。

連邦議会は簡単にその支出を可決し、財政赤字の拡大を静かに許容しました。私にとってこれはエキサイティングなことですが、私は経済学者なので、多くは言及しません。

しかし、財政赤字と政府支出についての考え方を転換させようとしている一人として、私はこの状況を、政府予算が家計と同じようには機能しないこと、政府の「赤字」のすべてが本当は私たちの「黒字」であること、国家はパンデミックと戦うために何兆ドルも費やした後でも、私たちが必要とするものに投資し続ける余裕があること、これらを示すチャンスだと捉えました。

しばらくの間、米国や他の国々は、赤字と税金についての古い考え方を打破し始めているように見えました。しかし、その大胆な行動の全てのほんの数ヶ月後だというのに、私たちはもう「手頃な価格の住宅を建設し、崩壊しつつあるインフラを修繕できるのか」「歯科、眼科、耳鼻科を含めるよう、公的医療保険制度を拡大できるのか」「私たちは環境問題に立ち向かうことができるのか」などという古い考え方の習慣に戻ってしまっています。また議会がこれらの問題について議論しているため、、誰もが「どうやってその財源を確保するか」と尋ねるよう戻ってしまっています。

それは間違った質問です。本当は、正しい質問はお金についてのことではありません。私たちはどうやって支出を賄うのかを心配するのではなく、正しくは、これらは実行するに値するか、実行するための実際のリソース・人・設備・技術はあるか、これらは社会をより良くするか、そして、私たちはこれらを実行する政治的意思を持っているかと問うべきなのです。

私は、MMT、現代貨幣理論として知られる学術研究の本体に貢献した数少ない経済学者の一人です。MMTは、米ドルや英ポンドのような不換通貨が実際にどのように機能するかを正確に説明しています。MMTは、現代はもはや金本位制の時代ではないことを私たちに思い出させてくれます。つまり、必要な政策のための財源を見つけることは、米国や英国のような国にとっては全く問題ではないのです。

私たちの経済のうち、壊れている部分を修繕しようとするなら、私たちは政府支出の上限についての考え方を修正しなければなりません。今はすでに破棄されている、金本位制的な考え方の代表例を挙げましょう。それはまだ、私たちの言説に浸透しています。1983年に、英国のマーガレットサッチャー首相は、次のように述べています。

政府がより多く支出しようとするなら、それはあなた方の貯蓄から借金をするか、あなた方に増税することによってのみ実現されます。他の誰かが払ってくれるだろうなどと考えてはいけません。その『他の誰か』とは、あなたのことなのです。公共のお金と言われるようなものは存在しません。あるのは納税者のお金だけなのです。

たぶん、あなたはサッチャーの発言の現代版を聞いたことがあるでしょう。それは「金のなる魔法の木はない。」というものです。

それは、すべての支出には財源を用意しなければならず、納税者は最終的に政府が費やすものすべてを負担している、という主張です。それを聞くと私たちは心配になりますね。

私たちは経験上、大学に行く、起業する、または家を買うためにお金を借りるとき、自分自身がその借金を抱えていることを知っています。私たちはそれを返済するためのお金を見つけなければなりません。借金が多すぎると、あらゆる種類の問題が発生する可能性があります。中小企業や大企業でさえ、債務に関しては細心の注意を払う必要があります。しかし、連邦政府は根本的に異なります。

私達とは違って、議会はもっとお金を使う余裕があるかを判断するために銀行口座の残高をチェックする必要はありません。通貨の発行者として、連邦政府がお金を使い果たすことは決してあり得ません。自国通貨で販売されているものならなんでも購入することができます。それは道路や橋、軍備、病院や学校への支出を意味するかもしれません。支出法案を可決するための票を見つけるのは難しいかもしれませんが、お金を見つけることは決して問題ではありません。彼らはただ、通貨を発行するだけなのですから。

その政府が通貨を発行する仕組みはこうです。議会と大統領がより多くを使うことに同意するときはいつでも、政府の銀行である連邦準備制度はその通貨を私たちの口座に振り込むために他の金融システムと協力します。そのすべてが電子的に行われるため、通貨を物理的に「印刷」する必要はありません。今年初めに連邦政府から1,400ドルの小切手を受け取った時、あるいは会社が給与やその他の費用を賄うためのお金を受け取った時には、経済を支援するために新しく発行されたデジタルドルの一部を受け取っているのです。その支出のプロセスには、納税者は誰一人として関与していません。それはすべて、コンピューターのキーボードだけを通して行われています。

ではなぜ私たちは、公共投資の支払いや経済への他の投資のために増税する必要性を数多く耳にするのでしょうか?一言で言うと、「赤字」という言葉の問題です。

私たちは皆、財政赤字を心配するようになっているので、政治家は財政赤字を増やさずにできるだけたくさん支出しようとしています。それが、この「財源ゲーム」の仕組みです。残念ながら、「赤字」の評判は良くありません。それらはほとんどの場合、ネガティブな印象で見られます。そして私はそれを転換したいと思っています。

「赤字」という言葉を聞くとき、私たちはおそらく欠乏または不足を思い浮かべ、赤字は常に不吉に聞こえます。ですから、連邦政府がちょうど3兆ドルの財政赤字を出したと聞いたとき、それは心配に聞こえるかもしれません。それは人々を怒らせることさえあります。しかし、政府の赤字について考える別の方法があります。

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別の角度から見ると6が9になるのと同じように、政府の赤字は別の角度から見ると財政黒字となるのです。別の観点から見てみましょう。財政タカ派(財政健全化論者)はこの写真を見て、心配すべき赤いインクの海にしか見えないかもしれません。

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しかしそれは私がそれを見る方法ではありません。これ(下の写真)が私が見ているものです。

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これで、政府の台帳の反対側で何が起こっているのかが理解できます。政府が私たちから税金よりも多くを費やすとき、それは経済の他の部分に財政的貢献をします。彼らの赤インクは私たちの黒インクです。このように見ると、すべての赤字が誰かにとって良いものであることが明らかになります。

問題は、誰のために、そして何がそれらの赤字を達成するために使われているのかということです。お金がどのように使われ、誰が結果として黒字になるかが重要です。富裕層に莫大な利益をもたらすだけで、残りの人々への投資と機会を与えないような減税は、赤字をうまく利用していません。対照的に、パンデミックの際に経済を支えるための数兆ドルの支出は、赤字を有効に活用しました。私たちがついこの間体験した景気後退は、アメリカの歴史上最短でした。

私に言わせれば、それは責任ある財政のおかげです。「責任ある」というのは、家計のように政府の財政を運営することを意味するべきではありません。赤字を抑えようとするのではなく、議会はインフレを抑えることに焦点を当てるべきです。これが政府支出の本当の上限であり、インフラ投資、ヘルスケアや大学無償化などに何兆ドルも費やすことを考えている場合には注意が必要です。

議会は、どうやって財源を確保するのかではなく、どうやって実物資源を調達するのか、と尋ねるべきです。その質問に答えるには、人、工場、設備、そして木や鉄などの原材料について考えてください。高速鉄道を建設し、崩壊しつつあるインフラを修復し、経済をグリーン化する場合、コンクリート、鉄鋼、木材が必要であり、建設労働者や建築家、エンジニアが必要であり、何千ものソーラーパネル、EV充電ステーション、電気スクールバスを受注できる会社が必要です。私たちの経済に生産能力があり、それらすべてを迅速に供給することができれば、私たちは簡単にそれを調達することができます。

医療の拡充や大学無償化でも同じことです。公的医療保険制度を拡大し、歯科・眼科・耳鼻科を含めることは簡単です。その課題は、ケアが必要な全ての人を治療するのに十分な歯科医、眼科医、聴覚訓練士を確保することです。また、無料の大学を提供したい場合は、より多くの学生を教え、収容するための教員、教室、寮が必要です。

完全雇用経済では、必要なすべての実物資源が完全雇用されています。システムのどこにも余分なキャパシティはありません。そのため、政府がすべての投資を一度に行おうとすると、その政策を実行するための人的資源や建築資材がないことにすぐに気付くでしょう。資源を手に入れるためには、賃金と価格を上昇させて、民間部門と競争する必要があります。それはインフレとなり、財政的に無責任ということになります。

私たちの経済は完全雇用からは程遠いです。よって、壊れたシステムの修復を開始するために必要な実物資源を持っています。しかし、私たちはそれが可能だと信じなければいけません。借金や赤字のような言葉が私たちを引き止めることはできないのです。公的資金がどうやって生まれ、どのように機能するかをよりよく理解することで、私たちに迫っている、本当に不足している物へと照準を合わせることができます。

すべての危機の中にはチャンスがあります。私たちは、そのピースを拾い上げて、パンデミック以前の壊れやすいシステムに戻すことも可能ですが、豊富な資源を投入して、私たちが暮らしたいような世界を新しく創り上げることも可能なのです。それは、我々人間と地球、その両方に配慮したような世界です。私たちが大胆であることを決断できることを心から願っています。
ありがとうございました。




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