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想い出の中にはいつも彼がいた/青春物語50

天野ちゃんは更衣室で、泣きじゃくる私の頭を黙って撫でてくれていた。
永尾さんへの想いを唯一知っている人だった。

しばらくして落ち着いた私は彼女と階下へ降りて行った。
薄暗い会場に紛れ込んで、水割りのコーナーでグラスを受け取った。
振り向くと困った顔をした永尾さんが立っていた。
そして
「もう泣くなよ」
と言った。

その言葉に驚いた私はうずくまりそうになった。
天野ちゃんの胸で泣く私をずっと見ていたのだろうか。
更衣室から戻るのを待ちわびていたんだろうか。

「あっち、行こう」
天野ちゃんはすかさずそう言って、私の腕を引っ張った。
片隅の椅子に二人で座ってポツリポツリと想い出を話し出した。
新入社員だった時のこと、社員旅行、夏祭り、クリスマスパーティー、忘年会、新年会・・・

想い出の中にはいつも永尾さんがいた。
さっき彼も私を好きだったと言ってくれた。
それを聞けただけでも良かった、いつの間にかそう思い始めた。
泣いて泣いて、心穏やかになった私がそこにいた。

パーティーも佳境に入り、誰かが「チークタイムどうぞ!」とマイクで叫んだ。
みんな近くの人と手を取り合って、それぞれ踊り出した。
ピッタリ寄り添う人、阿波踊りをする人、フラダンスをする人、みんな酔っていた。

小林さんの部署の先輩に芝木さんと言う人がいた。
彼とはなぜか、小林さんが退社してから話をするようになっていた。
「桜田さん、踊る?」
私の近くにいた彼が手を差し伸べた。

「私、チークなんて踊れません」
「僕もだよ。でもいいんじゃない?チークじゃなくても」
「そうですよね」
笑い合ってから私たちは輪になってグルグル回り出した。
はしゃぎながらチークを踊っている人たちの側に行ってはヒューヒューと声を掛けた。
心の中に立ち込めていた暗雲がパーッと晴れた気分だった。

そのうち何人か、私たちと同じようにグルグル回り始めた。
薄暗いフロアはチームタイムが続いていたんだけど。
やがて永尾さんと富樫さんが回りながら私たちのところまでやって来た。
そしてなぜか4人で手を取り合って回り始めた。
少し酔っていた私は、楽しい楽しいって連発していた。

数分後、曲が途切れた。
水割りを飲もうとして歩きかけた時、永尾さんが言った。
「二人で踊らない?」