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ズルイよ、今さら言うなんて…/青春物語49

「俺もさ、桜田さんの事ずっと好きだったんだよ」
永尾さんはポツリと言った。

「えっ?」
「歓楽温泉の事、覚えてる?俺、今でも鮮明に覚えてるんだよ」
「覚えているよ…」
「初めて家に送って行った日の事だって」
「小林さんが後ろから着いて来てた…」
「おととしのクリスマスパーティーの事も。その翌日の事も」
「雪がきれいだった…」
「何度も一緒に飲みに行って騒いだ事もみんな鮮明に覚えているんだよ」
「私だって…私だって全部覚えているよっ!」
うっすらと涙を浮かべて私は声を上げた。

「今さら言うことじゃないけど俺にとってはすごくいい想い出なんだ」
「うん」
「桜田さん、結婚決まったんでしょ」
「・・うん」
「俺にも今付き合ってる人いるし」
「うん」
「お互いにさ、いい想い出として胸に抱いていこうよ」

彼はそう言って、私の頭をポンポンと叩いた。
昔よくやってくれたように。
兄が愛しい妹にするように。

彼はメロンの乗ったお皿を私に渡してその場を離れた。
入れ替わりに同期の天野ちゃんがやって来た。
今年のパーティーは天野ちゃんの営業所も参加していた。

「桜田ちゃん、大丈夫?」
「あっ天野ちゃん。見てた?」
「うん、遠目から。大丈夫?」
「うん大丈夫…でもないかな」
「永尾さん、なんだって?」
「ずっと好きだったんだって今頃言われちゃったよ」
「えっ?」
「どうせなら1年前に言ってくれれば良かったのにね」
「そうだね、今さら言わなくってもね」
「忘れられない想い出ばっかりだけど胸に抱いていこうって。そんなのできないよ。できるわけないじゃん」
私は大粒の涙を流した。

「桜田ちゃん…」
「今さらそんなこと言うなんてズルイよ。私の気持ち知ってたくせに。ズルイよ」
「桜田ちゃん、この事はもう忘れよう」
「なんでもっと早くに言ってくれなかったの。なんで今さら言うの」
「もう忘れようよ」
天野ちゃんはそう言って私を抱き締めてくれた。
私は彼女の中で声を殺して泣いた。

私のそばで
「更衣室へ連れて行ってあげなさい」
と言う課長の声が聞こえた。