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声が聞きたい/青春物語8

その夜も残業だった。
花金のせいか社内の人影はまばらだった。
「桜田さん」
ふと永尾さんの声がして後ろを振り返った。
ああ今日から研修に行ったんだっけ。
幻聴が聞こえるなんて。

3日も経つと彼の姿が見えないことが無性に淋しかった。
私は自分の気持ちに戸惑った。
その頃、彼氏の健太郎先輩にも会えなくなっていた。
健太郎先輩に会えなくて淋しいのか、永尾さんに会えなくて淋しいのか…
モヤモヤした気分の中 どっちでもいいから声が聞きたかった。

翌朝、ざわめいた社内で総務課の先輩が受話器を持って叫んだ。
「課長、自動車部の永尾さんからお電話です!」
その声を聞いた途端、胸が高鳴った。
私は電卓を叩きながら課長の電話を聞いていた。

「永尾のヤツ、研修先でも仮払いできますか?って言いやがった」
課長は前の席の稲村さんに言った。
「何に使うのでしょう?研修先には何もないのに」
「たばこを買う金もないらしいよ。却下したけどね」
そう言って課長は笑った。

声が聞きたい。
たった4日間、永尾さんの声が聞けないだけで淋しかった。
彼氏である健太郎先輩とはもうずっと会ってなかったのに。

残業が終わる21時前、電話が鳴った。
当直が見回りに行っていたので私が代わりにとった。
「はい、株式会社タイヨウでございます」
「あれ?桜田さん?今日も残業?」
「はい?」
「俺、永尾だよ」
「えっ永尾さん?よく私ってわかりましたね」
「わかるよ、桜田さんの声ぐらい」
その言葉を聞いてドキドキが止まらなかった。

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