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世紀末のモヒカンが似合う天国

東日本震災において、被災者が暴動などを起こさずに、秩序を守って救援物資などを並んでいた、そんな日本人を世界は賞賛しました。
まあそれはいいことなのですが、決して日本人が特別なわけでもないと思います。

その賞賛した米国人だって、ロサンジェルス地震の時や、ハリケーン・カトリーナ被害の時には、それぞれ助け合いをした話を見ました。
結局、全ての人々に平等に降りかかる災害には、普段は対立している人々をも結びつけて助け合うのでしょう。

むしろ平常時の方が人は凶悪になります
カリフォルニア州では、盗んだものが950ドル以下は軽犯罪として分類されることになり、商業施設での集団万引きや強盗の件数が大幅に増えています。動画で見ると、無秩序な暴動のようです。

日本も負けてません。
最近はネットで募った実行犯達が、銀座など貴金属店の襲撃とか民家強盗とか、バイト報酬の犯罪者が生まれてます。

人が凶悪になるのは、相対的な貧困や富裕層への妬みなど、秩序の中の歪みが無秩序を生むようです。
北斗の拳やマッドマックスのような世紀末な状況の方が、無秩序の中で秩序を求める理性が働くのでしょう。
漫画や映画の世界の暴力性は、世紀末には起こらないと思われます。


災害時の困難は、人間の共感能力や社会的な絆が発揮される瞬間です。利他的な行動を引き起こし、支援活動が活発になります。これは、人間の本能的な社会性や利他的行動の証左です。
相対的な貧困は、社会的疎外が反社会的行動や犯罪行為を正当化する心理的要因となることがあります。社会が発達するほど反社会的な状況が生まれる相関関係にあります。

この格差社会の中で生き残ろうとする富裕層も、そんな社会から逃れようと自給自足して生き残ろうとすることさえも、相対的に利己的な行動という意味で同じかもしれませんね。
平常時の方が、自分の人生のことばかり考えてる利己的な凶悪者になるのです。

もう自分の人生を潤そうとする渇望をする時じゃないのでしょう。
渇くからゴクゴク飲んでたのは海水だった。
もっと渇く悪循環です。
すでに、みんなの心はマッドマックスの世紀末の世界なのだから、全ての人々に平等に降りかかる災いの世にいる認識であれば、共感能力が発揮され利他的になるでしょう。

モヒカンになってヒャッハーすることこそ幻想です。
心の世紀末こそ、地獄ではなく天国なのでしょう。
なので私は、大津波が来ようが、隕石が落ちようが、核戦争が起ころうが、生き残ろうが、死のうが、平常時よりはマシだと感じるのです。



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