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左海李
2024年6月6日 00:10
放擲という概念について考えている。あと沈越についても考えてるんだけどそれはまた後日書く。ことの起こりは先月の半ば頃だっただろうか、サイコーださん(前回参照)に誘われて参加している環境哲学の授業の面々(含教授)+αで、toggleさんを招いての勉強会に参加させて頂いた。toggleさんは界隈(といっても僕を含めて数人)の間で伝説とされている論文※1を書いた伝説的な人だ。というか僕のここ数ヶ月の思考
2024年5月12日 22:55
靴下の管理ができなくて真冬でもサンダルで生活していた頃は周囲から異常者のようにみられていたものだが、サンダルの代わりに下駄を履くようになってからは風流人のようにそういうスタイルのように思われている。これはそう思われているように思っているという話なので、実際は僕が下駄を履こうがサンダルを履こうが革靴を履こうがヒールを履こうが誰もどうとも思っていないだろう。そう、世界は根本的に僕に興味がない。また
2024年5月4日 00:34
ーわたしの人生にはうまくいくことも、うまくいかないこともあった。いや、うまくいかないことの方が多かった。今では誰もが、はやく死んでくれとわたしに思っている。 八十数歳の祖父はそう、自嘲気味に言った。私に言ったというより、人生の最後に、その生涯を振り返ってしみじみ溢れ出した言葉だった。庄屋の一家の六男坊として生まれ、歳の離れた兄たちに囲まれて育った彼は、戦争の中で兄たち全員を亡くし、小学生だった