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#2 ちりとりと心


ジョン・コルトレーンが頭に手を当て口に指を当てる。

マイルス・デイビスは黒いハットをかぶって、マーヴィン・ゲイは赤いニットがお気に入りだった。

ジャケット写真は、アーティストの命よりも長くこの世に残り続ける。

命を燃やし、音を生み出す。

自分は何か、作れるのだろうか。

そうだ。


今日は何のまかないを作ろう。

冷蔵庫の具材をチェックしようとしたそのとき、店の扉がこっそり開いた音が聞こえた。

蓮太はいつも出勤に5分遅刻する。
まるで3分しか経ってないし、と言わんばかりの若者らしさ全開の専門学生。大学は卒業済みだ。
特にバーテンダーを生涯続けるつもりがあるわけではないらしいが、バーテンダー専門学校に通っている。

しかし、その性格はかなりのバーテンダー体質である。
相手の心と会話する事ができるからだ。


病院は身体を治すところ。

心の病院はバーにある。

そんなの本当かどうかわからないが、しかし、人の心の寄り所となるのがバーだ。

人間は皆必然的にどこかに寄りたくなる。それが居酒屋でも、ワインバルでも、お惣菜屋でも、カフェでも、コンビニでも。


バーは特別だ。

少しいつもの自分より気を崩して、本当の自分をさらけ出す事で、心のストレス、老廃物を放出する。

おれたちは、ちり取り役だ。

だからbar YORIDOKOROと名付けた。

お客さんは皆帰りに寄るところだと思って気軽に立ち寄れる。そんなものでなんやかんや、来週で9年が経つ。大きな震災があった年で、始めはどうなることやらとは懸念したが...
上手くやってこれていると思う。

蓮太は軽く挨拶して氷を割り始めた。おれは悪くありませんと特に訴える事もなく、いつも通りの流れで。

「今日は何が食いたい?蓮太」

そうですねーと悩むように素振りをしているが、絶対に、そういう時ほど「カルボナーラ」と言う。

「最近食べてないので、久しぶりに店長のカルボナーラが食べたいです」

言い方を考えて、悩むフリをするのだろう。なんせ、カルボナーラは4日前に作ったからだ。
「えー」とあえて面倒くさそうな反応を見せてやると、何でも良いですよ!と投げ返してきた。
何でも良くないのは見え見えだが、そうやって3年が経った。

もう心の会話も互いに慣れたものだ。そういった側面がバーテンダーとして、心の寄り所の「基」としての魅力を放つ。


今日も、おいしい一杯を、来てくれるお客様に感謝を込めて提供する。

それがおれたちバーテンダーの「仕事」だから。

まあ、結局最後は、マライア・キャリーに元気付けられたりしている。

やりたい事ができていることに感謝する。

明日が来ることに感謝する。ただそれだけ。

窓の外からザーと夕立が降る音が聞こえてきて、蓮太が突然おれに対して言ってくる。

「今日はjazzな日ですね!絶対!」


その意味は、分からないふりをした。




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