三輪山に登拝
平安和歌が好きな私にとって、
奈良のイメージはいうと、「いにしへの奈良」
いにしへの 奈良の都の八重桜
けふ九重に にほいぬるかな
この気高い、華々しい和歌、言葉の華麗さ。
京都から見た、
いまは木々が生い茂る奈良への
ちょっとしたマウントっぽさも感じられ・・・
それはさておき。
平安時代に「いにしへ」と言われてた奈良は、
昭和生まれ令和に生きる私には、本当の本当に「昔」
奈良は、古代、伝説、神話に近いイメージ。
今回訪問した橿原市、桜井市周辺の、
奈良市より南の山辺の地域が栄えた時期は、
古墳時代が終わりをむかえつつあり、
大和朝廷が強大な権力になりつつあった飛鳥時代。
飛鳥時代の奈良は、記録が少ないからこそ、
自らの想像を膨らますことができるのですね~。
いろんな人がいろんな説を唱えている時代。
暗殺に暗殺が繰り返され、
力で歴史が書き換えられる時代、
ゆえに諸説、たくさんの方の推理が飛び交い、
とっても面白い時代です。
とはいえ、「暗殺」「処刑」に胸が痛くなる私は、
やっぱり平安が好きかもですけど。
平安時代が好きな乙女代表(?)としましては、
飛鳥時代を語るなら「額田王」をはずせません(笑)
天智天皇と天武天皇、
中大兄皇子と大海人皇子ですよね~♪
中大兄皇子が詠んだあの大和三山、
畝傍山、耳成山、香具山、
その山々を見ながら近鉄電車に揺られて、
古墳をいくつか回り、夕方に三輪へ。
三輪の夜はとても静か。
私の泊った部屋の名前は「香具山」
衣ほすてふ 天の香具山です。
ゆっくり眠れました。
翌朝、おいしいたっぷりの朝食をいただいて、
大神神社に歩いて出発です。
三輪山が、運動不足の中年の私にとって、
意外と高いので、少々ひるんでしまいます。
い、いけるかな・・・💦
が、ここまで来たので行きます!
三輪山にご登拝するためにやってきたのです。
ところで、
奈良に来てから、独特な鳥居が気になります。
2本の柱の間にしめ縄を張っています。
狭井神社に登拝の申込所や、入り口があります。
申込書に記入して、300円をお納めして、
白い「登拝証」を受け取り、自らお祓いして入山します。
三輪山では、
飲食禁止
撮影禁止
会話も必要最小限です。
私は靴で上がりましたが、
裸足の方もいらっしゃいます。
三輪山はお山自体がご神体で、
長く「禁足地」だったそうです。
原始の森は、このような様子だったのでしょうか。
大木の根がお山をはう様子は、
屋久島の木の根を思い出します。
せせらぎからはカジカガエル(だと思う)の声も。
静かに足元を見ながら、
ひたすらに上ります。
土が、私の住んでいる地域と違います。
少ししっとり、きめ細やかです。
そして最終到達点で深呼吸して、
お参りして、一休みして、
来た道を引き返します。
上り1時間も筋肉に厳しい行程でしたが、
下りも、膝に弱みがある私には辛かったです。
ちょっと運動すると、右の膝の外側が痛むんです。
「ランナー膝」と言われればちょっとかっこいいのですが、
筋肉が弱ってるとか、
筋肉が固いとか、
そのわりに脚を使いすぎとか、
脚がO脚だとか、それが原因です。
でも、自力で下りるしか無く、
なんとか、狭井神社へ戻りました。
この登拝証があることで、厳かな気持ちになれました。
この登拝証、持って帰りたかった~。
汗、しみしみでしたが。
三輪に来たなら三輪そうめん
奈良に来たなら柿の葉すし
ってことで、おいしくいただきました。
駅での電車待ちの間、
日本酒のアイスクリームを。
さっぱりした食感にほのかな日本酒、
これもおいしくいただき、やってきた電車に乗り、
奈良方面へ。
大阪駅で乗り換えて、
乗り換えでは痛い脚をひきずりましたが、
座れた車窓から風景を楽しみながら
家までなんとか帰り着きました。
想像をかきたてられる奈良、楽しいかも。
また行こうっと。
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