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安藤裕子、歌手活動20年で感じた自身の成長「昔はインタビュー取材を受けている時にも泣いていました」

シンガー・ソングライターの安藤裕子が、デビュー20周年の記念日である7月9日(日)に東京・LINE CUBE SHIBUYAでワンマンライブ『安藤裕子 -20th anniversary- 我々色ノ街』を開催する。
 
これまでの活動の中で、彼女は数々のトピックスを生み出してきた。『のうぜんかつら(リプライズ)』のCMソング起用、TVアニメ『進撃の巨人』を始めとする数々のタイアップ、そして一時期の休養……自身は20年という数字を「『え、もうそんなに!?』っていう驚きが強い」と振り返る。節目を迎えるこのタイミングで、デビュー以来から現在に至るまでの「変化」を語ってもらった。

■ミュージシャンと宣言するのは気恥ずかしい思いもある

――早速ですが、20年でどんな部分が変わっていったと思いますか。
 
「人が赤ちゃんから成人するまでの期間じゃないですか。だから一言では言えないぐらい“すごく変わった”と思います。まず、他人とこうやって喋れるようになったこと。初めの頃は、もうこのインタビューで泣いていましたから(笑)。ラジオで自分の曲を紹介するのにも、号泣して録り直しすることもありましたし。元々、とことん奥に引っ込んだ性格だったんですよね」
 
――リアルのコミュニケーションにおいては相当拙い部分があったと。
 
「『のうぜんかつら』がCMで使われたとき、テレビに出させていただいたんですが、どうやら挙動不審だったみたいで、『黒目がキョロキョロしているからやめなさい!』って周りの人に注意されてましたね。そんなん言われても止まらないし(笑)、あの頃が一番残念がられた時期なんじゃないかなと」
 
――残念がられた、ですか?
 
「レコード会社のブランディングとか計画があったと思うんですが、私は人前に立つことが上手にできなかったから、ずっと期待に添えてなかったかなと。もうちょっと人前で堂々と振る舞えたら良かったんだろうなって、今振り返れば思いますけど」
 
――ただ、もともと安藤さんは歌手志望ではなかったんですよね。
 
「そうなんです。何か物語を書いたり、一番の憧れは映画を作りたかった。でも人生って、流れとかタイミングがあって、たまたま音楽がしっかりとした形になっていって。だから未だに自分の中で『私、ミュージシャンなんです』と宣言するのは気恥ずかしい思いもある。同業の人を見ると『あっ、芸能人だ』みたいな気持ちになりますね。生業としてやってるからには、ちゃんとそういう心算で生きなきゃなっていつも思ってるんですけど、まだそこは一向にできてないですね。この間、後輩の歌い手さんに『もっと戦略を立てて宣伝しないとなあ』みたいなことを話したら、『安藤さんにそういう戦略を立てて欲しくないです』って言われました(笑)」
 
――曲作りをはじめたのも大学2年生以降で、ある意味「遅咲き」と言いますか。
 
「間違いなく遅咲きですね。それまで音楽自体全然聴いてこなくて、人が思う『このバラード沁みる』とか、私の感性にはなかった。ただ、“何かを創る”ことは好きだったから、『子どもがおもちゃで遊んでる』みたいに曲作りしている感じでした。社会経験もないそんな子どもがデビューしたら、まあ心配ばかりかけますよね(笑)」

■苦手だったライブがいつのまにか「力」になっていた

――先ほどの話から察するに、ライブも敬遠したい感情があったんじゃないですか。
 
「ずっと苦手で、人が見てるのが当たり前なのに『何で見てんだよ』ってずっと思ってました(笑)。だからデビューの頃とかは、真横の壁をずっと向いて歌ってましたね。ただ、年月を経ていって、すごくライブが楽しかった日があったんですよ。なんていうか、観客席から“気の渦”みたいなものを感じて、私も一緒に螺旋になって天に上がっていくイメージ。普段体が弱い私にすごくパワーを与えてくれたんですよね。それをもう1回体感したいと思って、以来ずっと求めるようになりましたね」
 
――それはいつぐらいだったんですか?
 
「いつなんだろうな。でもライブへの考え方がその時期からガラッと変わったんですよね。日が近づいてくるとパニックを起こすぐらいだったのに、『どうやったら歌を体全身で鳴らすことができるんだろう』とか前向きに考えるようになって。曲も外向きなものがどんどん増えていきました」
 
――作品の転機で言えば、休養期間を経てセルフプロデュースでリリースした『ITALAN』以降が、やはり大きいと思うのですが。
 
「確実にそうですね。人にお世話になりっぱなしの子ども時代から脱却できた期間でもあります。休養前に所属していたレーベルでは、本当に良い人たちに恵まれていて、何の不満もなかったんですけど、彼らを裏切りたくないという思いから『いい子になりすぎていた』ところがあったんです。『こんな案件があるからこういう曲を作ろう』みたいなお話に乗って、クリエイティブしていく内に、灰色になっていっているというか『あれ、何一つ心から出していないな』って思って。それで一回閉じる選択をしたんですよね」

■休養明けに取り戻した「音楽の面白さ」

――「取るべきして取った休息」みたいな感じなんですね。
 
「そうそう。周囲には『早く戻らないと居場所がなくなるよ』って言われたんですけど、意外と何もしない時間が心地良く感じちゃって焦らなかったんですよね。あんなに一生懸命大事にして生きてた場所なのに。『こうやってみんな辞めてったりするんだろうなあ……』ぐらいにまで思っていたんですけど、昔のディレクターとかマネージャーが『どうすんの』って気に留めていてくれて。そこから、『よし、ちょっと作ってみようかな』って思ってできたのが『ITALAN』っていう作品。Shigekuni君(現プロデューサー)やトオミヨウ君、松本淳一さんが協力してくれて、作業を始めてみたら、久しぶりに楽しいと思えたんですよね」
 
――初心を思い出したと。
 
「ただ好きなように音を鳴らしたくて、リフに特化してたり、自分で好きなフレーズだけをずっと繰り返しループしてたりとか、『おもちゃ箱』で遊んでいる頃に戻ったんですよね。そこから、ちゃんと『音楽』っていうものができるんじゃないかって思って作ったのが『Barometz』、そして『Kongtong Recordings』というアルバムです」
 
――振り返ると、1年ごとにアルバムを出していた時期が多かったんですね。
 
「私、曲数が普通の人に比べて多いんですよ。全くデビューが一緒のスキマスイッチの倍は作っていて、『多いよね』って彼らにも言われる(笑)。同じことばかりできないっていうのがあるから、自分がフレッシュな気持ちになるように、常にいろいろな遊びを入れるようにしてます。そう考えると、長年ずっと聞いてくれる人は、飄々とウロウロしてる私について来てくれてありがとうって気持ちです」
 
――だからこそ、今後どういった方向の作品が出るのか気になります。
 
「ちょうど作っていて、自分がこの数年間やってきたメソッドを用いながら進めています。どういう風になるかわからないけど、いろいろなプロデューサーとやっても“私色”以外にはならなかったので、自分らしい仕上がりにはなると思います」
 
――7月9日の20周年記念ワンマンライブですが、こちらもどういう内容になりそうですか?
 
「前に15周年のライブをやったときは、アンケートでセットリストを決めたんですね。そしたら、バラードが多くなっちゃって、休憩とか着替え時間を入れたらゆうに3時間を超えたんです。それはお客さん的にも私的にも良くないなと(笑)。だから今回は、アップテンポな曲も入れていって、大体2時間30分を超えたぐらいになるのかなと。いま、ライブの衣装を自分で作ろうとして、生地集めしている最中です。他にもいろいろと用意しているので楽しみですね」

【リーズンルッカ’s EYE】安藤裕子を深く知るためのQ&A

Q.もし歌っていなかったら何をしていたと思いますか?

 A.文字を書く仕事をしていたいかな。大学時代も、文章を書く授業ばかり専攻していたし。新聞記者でも、こういうインタビューライターでもなんでもいい。『1時間以内で1600字でこの事件をまとめなさい』みたいな課題はよくやっていましたよ」

Q.最近の“ハマりごと”を教えて下さい。

A.バレエのレッスン体験に行って楽しくなってます。それこそ20周年のライブをやるには体力がなくて、かと言って運動する習慣がないから、どうせなら興味のあることをやってみようと思って『あ、バレエだ』と。でも、詰めて通おうと思ったのに、『しばらくスタジオがお休みです』って書いてあって、いま私のやる気が試されている最中です(笑)」

<編集後記>

安藤さんの取材が行われたこの日、実は自分の誕生日だった。それも節目の年齢となってから最初の取材。20年前のデビュー当時から存在を知っていただけに、こうして長い時を経て、そして(自分的には)メモリアルな日に仕事ができるというのは、「長く続けてきて良かったなあ」と、幸せを感じる。安藤さんからは「人って、誰かに気に留めてもらえることで、存在意義を確認するんですよね。ライターさんみたいに『今日誕生日なんですね』って言われたら、なおのことですよね」との言葉。まあこの日の記憶は今後も忘れないでしょうね。

<マネージャー談>

舞台上やカメラ前と普段の姿のギャップが魅力の1つでもある安藤さん。今回の撮影日もくるくると踊るようにカメラに向かう安藤さんの姿に見入ってしまいました。
20年の中での変化は色々あれど、「人を虜にする能力」は今も昔も変わっていないんだなと思います。
安藤裕子20周年記念ワンマンライブ、メモリアルなライブに立ち会えることに私は誇りに思いますし、それはお客さんも同じ気持ちなのではないでしょうか。当日がとても楽しみです!

<撮影の様子はこちら!>

【公演詳細】
安藤裕子ワンマンライブ「安藤裕子 -20th anniversary- 我々色ノ街」
日程:2023年7月9日(日)
時間:OPEN 16:00 / START 17:00
会場:東京・LINE CUBE SHIBUYA
住所: 〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町1−1

■Live Member
安藤裕子(Vocal) / Shigekuni(Bass) / 山本タカシ(Guitar) / 皆川真人(Keyboards) / 松浦大樹(Drums) / 林田順平(Vc)
■チケット料金
前売:8,500円(税込) /   親子席(大人) 8,500円(税込)  /  親子席(子供) 3,500円(税込)
■公演詳細ページ

【プロフィール】
安藤裕子(あんどう ゆうこ)
1977年生まれ。シンガーソングライター。
類い稀なソングライティング能力を持ち、独特の感性で選ばれた言葉たちを、熱量の高い歌にのせる姿は聴き手の心を強く揺さぶる。
物語に対する的確な心情描写が高く評価され、多くの作品の主題歌も手がけている。CDジャケット、グッズのデザインや、メイク、スタイリングまでを全て自身でこなす多彩さも注目を集める。
2020年、TVアニメ『進撃の巨人』The Final Seasonのエンディングテーマを担当、今もなお国内外にて大きな反響となっている。
2023年、デビュー20周年記念日7月9日(土)にワンマンライブ「安藤裕子 -20th anniversary- 我々色ノ街」を開催。


取材・文/東田俊介
写真/Kana Tarumi

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