職場でのカミングアウト
レズビアンであることを、公にするか、しないか。
この悩みにぶつかったことのない当事者は、多分いないと思う。
今のわたしは、どちらかというと「公にする」スタンスだ。
歯切れの悪い言い回しなのは、全員に言っているわけではないためだ。この人になら言ってもいいかな、とか、自分の身の上を相談したいな、と感じた先輩や同僚、後輩には伝えているが、上司に改まって「女性が恋愛対象で……」ということは伝えていない。当記事の趣旨とは外れるが、家族にも言っていない。その必要がないからだ。ただ、聞かれたら素直に答えようとは思っているし、異動や同棲など、考慮してほしい事項が発生した場合は伝えるつもりだ。
正直、いつしか噂が広まることは覚悟の上だ。特段「秘密にしてくれ」とも言っていないし、人の口に戸は立てられない。まあ、闇雲に言いふらすような人たちではないかな、と思った人に言っているけれど、広まったらそれはそれで。
そんな、ユルいスタンスの「公表」である。
この心境に至るまでは時間がかかった。
そりゃ怖いもん。好奇の目で見られそうとか、影で何言われるかわからんとか、雑に扱われるんじゃないか、とか。いろいろと恐れていた。カミングアウトしてる人なんか見たことないし。
だが。
分かってもらえたら嬉しいなという気持ちはあった。
しかし、いきなり「私はレズビアンです!理解してください!」ってスタンスはよろしくない。未知の人間から理解を押し付けられて、いい気分になる人はいないだろう。
だから、まずは愚直に誠実に仕事をこなした。キツいこともあったけど、少しでも役に立とう、と心がけた。「しっかりしている」「頑張ってくれる」「あの人が必要だ」……そういう信頼を築けるよう、心を砕いた。
それから、伝えた。
最初に打ち明けたのは同期だった。泊まりがけのキツい研修を乗り越え、苦楽を共にした仲間。酒を飲みながら、実はさぁ、と打ち明けた。ちょっと怖かったけど、彼女はサラっと聞いてくれて、そしてわたしにある秘密を話してくれた。その夜は大いに盛り上がり、べろべろに酔った挙げ句二人でビジホに泊まり、最後は泣きながら寝たような気がする。その後、彼女はわたしの恋愛を見守り、たくさんアドバイスもしてくれた。
あれから10年くらい経ち、昔ほど話すことはなくなったが、あのとき言えてよかったなと思っている。
その後も、別の同期に話したり、同僚、後輩、と少しずつ範囲を広げていった。
あなたを信頼している、と、心の鍵を渡すような感覚。
「そうなんだね、教えてくれてありがとう!」、「驚きませんよ。学生時代、そういう友達いたんで」、「へぇ、いいね!どんな人がタイプなの?」…反応は様々だったけど、傷つくようなことは全く言われなかった。それどころか、相手も自分のことを話してくれるようになって、ますます仲良くなれた。
ありがたかった。なんとなく受容されて、気兼ねなく身の上を話せる距離感が手に入る。それがとても心地よくて、伝えるハードルが下がってきた。
伝える範囲を広げてきたので、わたしの預かり知らぬところで「あの人レズビアンだよ」と言われているかもしれない。
しかし、今のところ、嫌な思いをしたことはない。周囲に恵まれていて、運が良いということもあるだろう。見知らぬところで、誰かがわたしを擁護してくれていて、悪評を封じてもらっているのかもしれない。ありがたさしかない。
それに……愚直に仕事をこなしてきたことが、地味に効いていると思う。ちゃんとやってる人を悪くは言いにくい、でしょ?
これからも、必要に応じて、とか、言ってもいいかなって人に打ち明けるとか、聞かれた時に答えるスタンスで、ユルく広まるに任せていくつもりだ。
気づけばわたしも10年選手。
噂を聞きつけた後輩が、わたしを見て「セクシャルマイノリティでも普通に溶け込めるのね」と希望を抱いてもらえたらいいな、とささやかな願いを込めて、今日も地道に働いている。