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休職中に思ったこと / live like a cat.

お久しぶりです。tabikoです。
前回は休職中のモーニングルーティン(もどき)を記事にしましたが、もうすぐ休職期間も明けるということで、今回は休職中に思ったこと・気づいたことなんかを覚書のようにザッと書き留めておこうと思います。
よろしければどうぞお付き合いください。


周囲の目は適度に気にする

元気にお仕事中!なときの私は周囲の目をとってもとっても気にしていました。隣の人が今自分に対して何を思っているか、不快な気持ちにさせていないか、嫌われていないか、などなど。大抵はネガティブ方面です。
でも、それってどんどんしんどくなるだけなんですよね。
いわゆる負のループというか。

だから私は周囲の目を「適度に」気にすることしました。
「周りの目なんて気にするな!」とよく言われますが、それは少し違うのかな、と思った私なりの善処です。
具体的には、服装や髪型・メイクなどは(自分の好きな分野だからというのもありますが)ある程度、周囲に気を遣う。年齢相応の見た目になってみたり。
だけどそれ以外、特に内面的な部分などの、するだけ無駄な「思い込み」はやめようと思います。自分が疲れるだけだから。

しかも、周囲は自分が思っているほど、自分のことを気にしていないことが多いです。例えば電車の中では、自分は何十といる乗客の中のただの一人です。
いい意味で「自分がいなくても社会はまわる」。これです。

謎プライドは思い切ってポイ

ある理由があって、私は休職する一ヶ月くらい前からお金の遣いかたについてよく考えなければいけなくなったのですが(簡潔に言うと、自由に遣えるお金がかなり少なくなりました)、当時はかなり辛かったです。

というのも、私は29年間生きてきた中で、お金を「そのときだけの満足」と「見栄」のためにかなり自由に遣ってきたので、単純に、遣えるお金がこれしかないのか!と可視化されたときは、やっていける気がしませんでした。以前の私は以下のような感じでした。
欲しいと思ったモノはすぐに買う、インフルエンサーさんに影響されてすぐに買う、身の丈にあわないモノを買う。
結果「やっぱりいらないや」と思うモノが増えて、売る・捨てるを繰り返す。でも、どんどん欲しいモノが出てくるので、このループから抜け出せないのです。

遣えるお金が「リアルに無い」いま。
いまは手持ちの現金しか遣えません。カードは勿論、借りることも禁止。
でも、人間って、順応できるんですね。
実際に遣えるお金が少なくなっても、なんとか生きていけています。それは実家暮らしだからサポートがある、とかそういう意味でなく、メンタル的に快適な暮らしが送れているという意味です。

まずは部屋の片付けをして、部屋を綺麗に保つことから始めました。
今まであまり興味のなかった、シンプルなインテリアに興味が出てきたことも大きく関係していると思います。
部屋をすっきりさせて、多くの不用品を手放し、大切にしたいモノだけ残す。
ある意味典型的な考えですが、私にはこのやり方があっていたみたいです。
今は欲しいモノができたら一旦ノートに全部書き出して、次の日とか次の週とかにそのノートを見返してみる。そうすると「あ、やっぱこれ今いらないや」とか「今じゃなくても困らないな」と思うことができて、本当に欲しいモノ・必要なモノの選別ができるようになりました。

謎プライドのために浪費するのは、自分の身を滅ぼすだけなのだと知りました。四半世紀以上持ち続けていたプライドを捨てるのには時間が要りましたが、今ではとてもスッキリしています。

自分を甘やかしてあげる

この思考はとってもシンプルです。ただただ、自分を甘やかす。
一番最初の「周囲の目を適度に気にする」ことにも少し関連するのですが、休職前の私は「あの人がこれだけ仕事したんだから、自分もやらなきゃ」と比べる必要のない人(例えば、平社員の自分とマネージャーとか)とすぐ比較しては落ち込む。これを繰り返して、時には泣き、時には危険な思考に至ったり。
実際、そんな気持ちを吐露するといろんな人から
「比べても仕方ないよ。人はそれぞれなんだから、スピードもスキルも違う」
と言われたのですが、私は受け入れられずにいました。
(ここでも謎プライド出てますね 笑)

休職することになり、毎日の仕事がなくなった今。
やらなければいけないことといえば、朝起きて、歯を磨いて顔を洗い、ご飯を食べる。最後にお皿洗い。これくらいです。あとは一日好きに遣っていい。メイクも着替えも、必須ではないですからね。

でも、数ヶ月前から早起きできるようになった私は時間を持て余してしまうので、仕方なくリビングや洗面所のお掃除をしたり、湯船に浸かるなど、時間を「消費」できる方法を考えて色々やっていました。
そうすると、最初は時間の消費のためにやっていた「仕方なくやっていること」(例えば家事、ストレッチ、小さい甥に会いに行くことなど)、これらが「やりたいこと」に変わっていきました。嘘のような本当の話です。

今では、朝起きてメイクや着替えなどの例のルーティンをこなしながら、「今日はどこ綺麗にしよっかな〜」や「今日は甥っ子家にいるかな〜」「何かお菓子でも作ってみようかな〜」などなど、次々と頭に浮かんでくる「やりたいこと」これをただただやりたい時間に、やりたいように、やっていく(ひたすら寝ている日もあります)。そうすると、大抵は一日が終わっている。
本題から少し逸れてしまったかもしれませんが「自分のやりたいことを好きなようにやる」。これって究極の甘やかし、そして贅沢な時間の遣いかただと思うんです。
でも、9割メンタルが理由で休職した私には、このレベルの甘やかしが必要だったみたいです。
最初は罪悪感が大きかったですが「せっかくお休みいただいたんだし、自分の好きなように過ごそ〜」という思考に段々と変わっていき、今では自分を甘やかすことが得意になったかもしれません。

本日はこちらの3本立てでお送りしました

これは思考というより、私が最近やっていることです。
今からもう書き込めるタイプの2024年の手帳を手に入れたので、その日あった出来事・思ったことなどを3つピックアップして手帳に書いています。
別に、楽しかったこととか、いい出来事じゃなくてもいいんです。実際に私も「今日は人と話す気力がなかった」だったり「腰を痛めた」とか「なんもやる気起きなかった」など、ネガティブな側面も書いています。
手帳を開いて、ペンを持って、そのときに頭にパッと浮かんだことをただ書く。そして、今日の総括として横に一言書いて、終わり。

ただひたすら記録としてつけていくだけのつもりで始めた「本日の3本」ですが、いざ実践してみると、自分を俯瞰で観察できることに気づきました。
先週の自分めっちゃ荒れてんじゃん、とか、今日の朝はこんなこと思ってたんだ、とか。
職場の先輩から「自分を俯瞰で観てみるといいよ」とよく言われていたのですが、気づいたら実践していました。

この方法はいいことだけでなく、悲しかったり頭にきたことなんかも目に入ってしまうので、合う合わないはあると思うので皆さんにオススメ!とは言えないのですが。
自分を振り返って「じゃあ明日はこうしてみよう」というような自分の力で変えられることをやることや「来週はいいことありますように」などのある種の願掛けまですると、すこーしずつですが、意外と自分の思ったように人生が進んでいくようになりました(人生といってもまだ一ヶ月ですが)。

つまりは、猫のように生きること

長くなってしまいましたが、結論、何が言いたいかと申しますと。
「猫のように生きるのも悪くないんじゃない?」
これです。

私の家(実家)には拾い猫がふたりいるのですが、ふたりとも、お互いのことを気にすることもなく、お腹が空いたらご飯を食べ、ご飯を食べたら思う存分寝て、またご飯を食べて、ちょっと遊んで、寝る。
たぶん、うちの子たちは「あいつが今ご飯食べてるから自分も食べたろ」とか「今日寝すぎたわ、一日無駄にした」とかは考えてない気がします。
でも、それで幸せ(な気がする)なので、彼らにとってはこうやって「周りを気にしすぎることなく」「相手より上に立とうと考えず」「自分を甘やかして」生きることが重要?猫界のスタンダードなのかもしれません。

私も生き急がず、自分を責め立てすぎることもなく、
【live like a cat】このメンタルで復職しようと思っています。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
みなさんもゆるく、のんびりいきましょうね。


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